東北サッカー界盛り上げへ!熱い試合を誓う 新春座談会<下>

 

 サッカーJ2で対戦するベガルタ仙台の佐々木知広社長、モンテディオ山形の相田健太郎社長、ブラウブリッツ秋田の岩瀬浩介社長、いわきFCを運営するいわきスポーツクラブの大倉智社長は、同じ東北のクラブとして連携を深めていくとともに東北サッカー界盛り上げのため熱い試合を繰り広げることを誓った。福島民友新聞社が企画した新春座談会で決意を語った。

座談会出席者
佐々木知広氏(ベガルタ仙台)
相田健太郎氏(モンテディオ山形)
岩瀬浩介氏(ブラウブリッツ秋田)
大倉智氏(いわきFC)
【司会】中川俊哉(福島民友新聞社社長・編集主幹)
 
 スタジアム

 中川 いわきFC(以降はいわき)のホームスタジアムの整備が本格化してくる。モンテディオ山形(以降は山形)は新たなスタジアム建設計画を進めているようだが、経緯や規模などを聞きたい。

 相田 NDソフトスタジアム(山形県天童市)はJ1基準を満たしていないため、新たなスタジアムを整備する。ようやく場所が決まり、どういう体制で進めていくか調整している。雪国のクラブにとって積雪のある12月中旬から3月中旬にかけては(練習が思うようにできない)「失われた3カ月間」だ。この期間に活動できるような場所があれば人の動きも変わるはずだ。新スタジアムは、屋根が付いた全天候型にできないかと考えている。

 中川 ベガルタ仙台(以降は仙台)はユアテックスタジアム仙台(仙台市)を中心に、まちのにぎわいを創出する事業を計画していると聞く。

 佐々木 スタジアムの年間の稼働日数は50日程度。つまり300日以上使われていない。近くに都市公園があるが、地下鉄の高架橋や県道で分断され、スタジアムと公園が一体的に稼働していない。社長就任時、「スタジアムパーク構想」を掲げ、スタジアムのにぎわいを、まちのにぎわいに転換していきたいと言った。スタジアムの改修を控えており、VIPルームを広げたり、研修や貸し会議室として利用できるよう、スタジアム所有者の自治体に提案している。使い勝手を良くしたい。

 中川 ブラウブリッツ秋田(以降は秋田)が計画している新たなスタジアムとは。

 岩瀬 現在のソユースタジアム(秋田市)は屋根で覆われている客席の割合などがJ2基準を満たしておらず、抜本的な改善が必要だ。豪雪地帯ということを考慮して全天候型で、1万人を収容するスタジアムを想定している。民設民営で、量より質にこだわった環境を整え、コンサートやコンベンション、展示、部活動など365日使える屋内施設にしたい。冬季にも県民が運動でき、防災拠点にもなる。県民にどう寄与するかという観点を大事にしている。2028年完成予定で、場所は決まっており、議論が進んでいる。

 中川 いわきのスタジアム構想は。

 大倉 25年6月までに建設計画を出さなければならず、検討段階だ。スタジアムが、チームのテーマである「スポーツを通じた人づくり、まちづくり」の拠点となり、いわき市の未来を担う場所になったら面白い。試合だけで使うのではなく、いわき市の地域課題を解決し、かつ収益を上げられるようなスタジアムになれば市民に受け入れられる。人を集めるためにも、今季は目先の一試合一試合に全力を尽くし機運を盛り上げていきたい。

 ユース育成

 中川 チームが強くなるためには若手の育成が欠かせない。アカデミーのある仙台に育成への思いを聞きたい。

 佐々木 毎年ユースチームから最低1人、できれば2人をトップチームに上げられるような体制を目指している。地方のクラブは人件費を抑えながら強いチームを維持していかなければならず、自前での選手育成が欠かせない。取り組みを始めてから結果が出るまで3~5年が必要で、ようやく体制が整ってきた。良い選手を他県に探しに行くという短絡的な考えではなく、宮城県内の小学校高学年の児童や中学生で良い選手がいれば入ってほしいと伝え、他県からも受け入れる。宮城県をしっかり見ることが大事だ。

 中川 山形は県内各地にユースチームを置いている。

 相田 プロの下部組織として見たときに物足りない部分が多い。U―21(21歳以下)の日本代表に選ばれるなど選手は育っているが、育成のノウハウが蓄積されていない。地域の子どもと、指導する立場の人たちのコミュニケーションを図り、山形県サッカー協会と共に選手を育成する体制の話をし、構築し直している。

 中川 秋田といわきそれぞれに選手育成の考えを聞きたい。 

 岩瀬 ユース以下の育成に力を入れており、成果が出てきている。われわれは秋田県内からスター選手を輩出することにこだわっている。ただ、プロになるのは一握りだ。人材教育に重きを置いて、地元企業や地域社会で活躍できる人間も育てている。

 大倉 日本サッカー界の育成方法は欧州をまねがちだが、日本と欧州とで環境が異なる。昨年のワールドカップ(W杯)日本代表選手を見ても出身はさまざまだ。いわきは幼稚園や小学校低学年を対象にしたサッカー教室ではなくスポーツ教室を開いており、選抜されたアカデミー選手はサッカーではなく、勉強で大学に行き、将来を自ら選択できるようにしたいと思っている。ことし東大を受験する選手もいる。スポーツの選択肢は広く、子どもにはたくさんの選択肢と可能性がある。子どもの育成について、さまざまなスポーツ界の人たちと議論することが重要だ。

 地域に貢献

 中川 地域とともに歩むチームにとって地域活性化や地域貢献も重要な要素だ。各チームの取り組みを教えてほしい。

 佐々木 宮城県内35市町村を回って話を聞くと、私が考えている以上にチームを応援してくれていることが分かった。ただ、地域が求めていることと私が思っていることとでずれもある。首長から地域の課題を聞くと、空き家問題や子どもの読書推進などについて解決・協力してほしいとの声があった。そこで仙台の強みを生かして、空き家問題では空き家を「ベガルタハウス」に改築し、読書推進では「読書通帳」を作ってスタンプを集めた子どもに試合の招待券をプレゼントした。一方通行ではなく、課題を聞いた上でできることを提案することが大切だと思っている。

 相田 山形県では若年層の県外流出が問題になっている。そこで山形市内の小学校を改築した施設の一室を借りて、23歳以下の若者がマーケティングに挑戦する取り組みを始める。資金と場所を提供し、若者がクラブを利用して面白いことをしようとする仕掛けづくりだ。1月から始める。県内から20人、県外から30人の応募があった。高校生、大学生のアイデアを形にすることで何が起きるか。若い世代を呼び込む環境を地域とともにつくっていきたい。

 岩瀬 私の地元である茨城県に鹿島アントラーズが誕生し、まちが変わり、住民が元気になって、経済が動いていった。サッカーは地域活性化に役立つと確信している。地域貢献で大事なのは社会のニーズに応え、事業で課題解決につなげることだ。傘下のNPO法人ではサッカーだけでなく、バレーボールなど他の競技も行っている。少子化が進む中、部活動の存続問題が背景にある。子どもたちは、自分がやりたいスポーツを楽しんでいる。

 大倉 若者の流出や若者が県内に戻ってくる機会の創出は地域の課題だ。私たちが続けているのは健康をテーマとした取り組み。企業版ふるさと納税を財源に組み入れて市民に提供している。それを一つの軸にしつつ、人口減少という課題にスポーツの力でどう貢献できるかを考えている。話を聞き、仙台や山形の取り組みを「いわき版」としてできないかなと思った。

 中川 いわきは東日本大震災後にチームとしてスタートした。仙台は震災を地域と一緒に乗り越えてきた歴史がある。復興への思いを聞きたい。

 佐々木 震災が起きた時、仕事の関係で東京にいたが、仲間たちが頑張ってくれた。全国のクラブから届いた支援物資を避難所や仮設住宅に届けてくれた。その際、避難所にいたおばあさんが『あなたたちもおなかがすいているだろうから食べなさい』と言って懐からおにぎりを出してくれたと聞いている。支援するつもりが、勇気づけられた。当時の選手たちも志願して避難所を回り、子どもたちとボールを蹴ったりした。仙台市内では震災の痕跡が見えなくなり、他県から来る人からは何事もなかったかのように見えるだろう。でも、それぞれ内に秘めて我慢して暮らしてきた。スポーツでまちを元気にするという使命を改めて感じている。

 中川 いわきが考えている復興の取り組みは。

 大倉 復興にスポーツの力で寄与するという思いは絶対に外せない。永遠に持ち続けるものだと思う。いわき市も震災の爪痕がなくなってきているが、双葉郡ではまだ立ち入れない場所がある。原発事故対応の最前線となったJヴィレッジが再開し、4500人の観客が見守る中でJ3優勝を決めることができたのは意味があるものだったと思う。スポーツを通じて少しでも元気を与え続けていきたい。観客が掲げた横断幕に"浜を照らす光であれ"という文字がある。(震災と原発事故で)一度見えなくなった光がチームの活躍を通じて見えるようになってきたのではないか。勇気や希望を持ってもらえるような取り組みを心がけていきたい。

 中川 山形は豪雨被害があった時に募金活動を行った。地元に根差したクラブとして復興の思いは。

 相田 一つの団体が何かをすることで物事が一気に好転するわけではないので、あまり無理をすることではないのかなと思う。ただ、やれることはしっかりやりたいなというのが基本的な考えだ。災害ボランティアとして参加できる機会があれば参加したい。夏だったら帽子を持っていって、ボランティア活動をする人たちにかぶってもらう。自分たちができることをやり続けることが重要だ。継続的にやり続けることを意識して活動している。

 今季の展望

 中川 今季のチームづくりや目標を聞きたい。山形は8年ぶりのJ1復帰を目指している。

 相田 (J2昇格を決めた)いわきや藤枝MYFC(静岡県)もそうだが、正直、あまり(チーム力に)差はないと思っている。J2はチーム数が多くて過酷なリーグだが、優勝を目標にする。監督も3年目のシーズンになる。われわれがやってきたサッカーを信じて新たに加入してくれている選手も多いので、みんなが信じた結果が優勝であることが理想だ。優勝を目指さなければ昇格もない。

 中川 仙台は補強の充実ぶりが際立っている。

 佐々木 山形と違い(プレーオフに進めなかったので)シーズンが早く終わってしまい、その分早く補強し、チーム編成ができた。昨季見えた課題にしっかり取り組まなければならない。チーム編成ではコーチ陣を手厚くした。選手に折れない心を持たせていくためには経験豊富な人間がリードしなければならないという反省がある。J2で優勝してJ1に昇格することを一点に、監督と話をし契約を更新した。周りから「それだけの戦力を持っているんでしょう」と言われる立場なので、攻守に主導権を握った試合をしていくということをテーマに掲げる。基本はとにかく走り負けないこと。1対1は絶対に負けないと全員が思って戦わなければ駄目だ。優勝するには、自分たちの形を押し通すだけではなく、相手を見て対応するだけの力も持たなければならない。

 岩瀬 J1昇格のプレーオフ圏内となる6位以内を目標に掲げている。昨季の終盤に(連勝で)勝ち点を重ねたことで選手は自信を深めている。チームづくりでは秋田のサッカーをさらに深く追求し、極めていく。1年を通してクラブを成長させる。より積極的なサッカーを展開したい。

 中川 J2という新しい舞台で戦ういわきはどうか。

 大倉 J2のレベルの高さは認識しているが、実を言えば、どういう目標を立てようかと悩んでいる。現時点でJ1ライセンスを持っていないので、選手がどこを目指すのかをシーズン前に設定しなければならない。選手の平均年齢は22.8歳と(J2のチームの中で)多分一番若い。選手の成長する姿と勝利が相関すると思っている。そこを見るのが楽しみだし、「いわきは嫌だな」と思われるよう、リーグをかき乱してやろうかなという気持ちがある。ただJ1昇格やJ2優勝となると、現実的に物事を考えないといけない。現時点で目標設定はできていないが、そんな楽しみを持っている。

 サッカー熱

 中川 W杯で日本代表や世界各国のサッカーに日本中が熱狂した。東北のクラブとして、東北のサッカーを盛り上げるために何ができるか。

 佐々木 さまざまなスポーツがある中で仙台を応援してくれる人の思いを踏まえ、クラブとしてやるべきことをやらないと東北全体の盛り上がりにはつながらないと思っている。過去にW杯や五輪でサッカー熱が高まったとき、それらがクラブの盛り上がりにつながったかというと、そうではなかった。つなぎ切れなかったと反省している。「日本代表の活躍で盛り上がったから良かった」ではなく、どうしたら応援してもらえるのかを考えタイミングよく動くことが大切だ。サッカー熱は長くは続かない。シーズン開幕当初ぐらいまでに何ができるかを考えていく。

 相田 東北という枠だけでいうと、直接対決に負けたくない。選手の勝ちたいという思いに応えることが大切だ。加えて、東北にJ1のチームがあると盛り上がる。仙台がJ1だった時、仙台市に行けば国内のトップリーグを見られるという状況があった。東北のどこかのチームがJ1に上がってほしいし、できることなら山形が上がりたい。観客を呼び込むため、一つのクラブでできることには限界がある。J2の4クラブまたはJ3も含めて議論するなど、大きく宣伝するだけでも見え方は違ってくる。先手を打って何かをつくってみたい。

 大倉 (座談会を通して)「東北で何かをやらなきゃ」という気持ちになった。仲間意識が芽生えた。関東や関西には負けたくない。東北の4クラブ、またはJ3も含めた大きな力を東北で出せるように連携できたら面白い。

 メッセージ

 中川 最後に東北のサッカーファンに向けて意気込みを。

 佐々木 これまで「お客さまに感動を与える」という言い方をしてきたが、最近は少し違って「お客さまと一緒に感動をつくる」ものなのではないかと思っている。スタジアムに来てもらわないと一緒に感動をつくれない。「一緒に感動をつくりましょう」とこの1年間言い続けたい。山形、秋田、いわきとの試合では絶対負けないという思いと、「いい試合だったよね。俺たちの応援がこの試合をつくったんだよね」と思ってもらえるようにしたい。ぜひスタジアムに足を運んでほしい。

 相田 J2の試合は本当にレベルが高い。新しい仲間として同じリーグで戦ういわきのサポーターにはJ2のさまざまなチームが来て繰り広げる試合を楽しんでほしい。スタジアムに行かないと、感動や興奮は味わえない。今日ここにいるクラブのファンの皆さんには、ぜひスタジアムに足を運んで体感してほしい。J2にいる東北4クラブは思っている以上に侮れない。楽しみにしてほしい。

 岩瀬 東北4クラブでサッカー熱を高めていきたい。ピッチ上では戦いだが、東北で考えたらファミリーとして盛り上げていきたい。

 大倉 仙台、山形、秋田と試合ができるということを想像してほしい。ホーム戦であれば、たくさんのサポーターが来る。チームだけでなく、観客と一緒に迎え撃たなければならない。一緒に戦い、一緒に感動をつくるということを体感してほしい。ホーム戦、そして東北のチームと試合するときにはスタジアムに足を運んで後押しをお願いしたい。その結果、東北4クラブでサッカー界、スポーツ界を盛り上げていくような絵を描けたら成功なのかなと思っている。

 中川 Jリーグ開幕前から熱い舌戦を繰り広げていただき、大変ありがとうございました。シーズン開幕が待ち遠しくなってきました。各チームの健闘を祈っています。

新春座談会

座談会で意見を交わす(左から)大倉社長、相田社長、佐々木社長、中川社長(写真右)紙面上で参加した岩瀬社長(写真左)

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 いわきFC 2015年12月にチームを運営するいわきスポーツクラブが設立した。16年に県社会人2部、17年に県社会人1部で優勝。18年に東北社会人2部南リーグで優勝すると、19年には東北社会人リーグ1部と全国地域サッカーチャンピオンズリーグを制し、JFL昇格を決めた。21年にJFLで頂点に立ってJ3に昇格すると、22年のJ3シーズン1年目で優勝し、J2昇格を決めた。

 ベガルタ仙台 1988年創部の東北電力サッカー部が前身。99年にJ2に参入し、ブランメル仙台からベガルタ仙台に改称。2002年に東北勢初のJ1チームとなった。04~09年はJ2、10~21年はJ1でプレー。13季ぶりのJ2となった22年は昇格プレーオフ圏外の7位だった。ホームのユアテックスタジアム仙台(仙台市)を中心ににぎわいを創出する「スタジアムパーク構想」を進める。

 モンテディオ山形 1984年にNEC山形サッカー同好会として発足した。JFL時代に現在のクラブ名に変更し99年のJ2創設と同時に参戦。2009~11年、15年の計4季でJ1でプレーした。14年に天皇杯で準優勝したが、15年を最後にJ1から遠ざかっている。ホームはNDソフトスタジアム山形(山形県天童市)。現在と同規模の約2万人を収容する新スタジアムを建設予定。

 ブラウブリッツ秋田 前身は1965年創部のTDKサッカー部で2010年からクラブチーム化して現名称に。14年誕生のJ3に参入。17年にリーグ優勝を果たすが、J2ライセンスが未交付のため昇格できなかった。20年には開幕から28戦無敗を記録してJ3優勝をつかみ、J2昇格。21年からJ2でプレーしている。ホームはソユースタジアム(秋田市)で、新スタジアム建設計画がある。

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 いわき・大倉智社長 おおくら・さとし 川崎市出身。早大商学部卒。いわきFCを運営するいわきスポーツクラブ社長。選手として柏レイソルやジュビロ磐田などで活躍。引退後に湘南ベルマーレ社長などを務めた。53歳。

 仙台・佐々木知広社長 ささき・ともひろ 宮城県出身。東北学院大経済学部卒。東北の郵政局勤務のほか、ゆうちょ銀行監査企画部長などを歴任。ベガルタ仙台・市民後援会理事長も務めた。2020年12月から仙台の社長。66歳。

 山形・相田健太郎社長 あいた・けんたろう 山形県出身。東洋大経営学部卒。旅行会社を経て2003年からJ2水戸。07年にプロ野球楽天、17年にはJ1神戸で勤務した。18年12月にモンテディオ山形の社長に就任。48歳。

 秋田・岩瀬浩介社長 いわせ・こうすけ 茨城県出身。2006年に東北社会人リーグのTDKサッカー部(現ブラウブリッツ秋田)に入団しJFL昇格に貢献。引退後は広報部長などを務め12年に31歳の若さで社長就任。41歳。