【処理水の波紋・理解の深度】政府対応生煮え、残る不信

東京電力福島第1原発で発生する処理水を巡り、政府は海洋放出を始める時期を「今年春から夏ごろ」と見込む。漁業関係者を中心に風評への懸念が根強い中、政府が放出の前提とする「理解」がどこまで深まったのかを探った。
経産相、明確に答えず
「われわれ漁業者の理解を、誰がどのような形で判断するのか」。処理水の海洋放出方針を巡り、いわき市で2月25日に開かれた意見交換で、相馬双葉漁協原釜地区青壮年部の石橋正裕部長(43)は西村康稔経済産業相に疑問をぶつけた。
出席した県内の若手漁業者を前に西村氏は「繰り返し丁寧に説明するしかない」と述べるにとどまり、その場で明確な答えを示さなかった。「国の『検討する』は信用できない。処理水放出は反対に限る」。石橋部長は不信感をにじませる。
「全国的な認知度まだ」
政府は2015年、第1原発周辺の井戸「サブドレン」からくみ上げた地下水を浄化して海に流す計画を導入した際、「関係者の理解なしにいかなる処分も行わない」との約束を県漁連と交わしており、意見交換で西村氏も約束を守る考えを漁業者に伝えた。
政府は理解醸成に向け全国の高校生の協力を得て処理水に関するパンフレットを作ったほか、新聞やテレビ、インターネットで集中的な広報を展開。風評対策や漁業の継続を目的とした二つの基金も創設し、放出への地ならしを進める。
しかし県内漁業者は政府の取り組みに納得していない。意見交換では「いまだに国民への理解が浸透していない」との指摘や、さらなる風評対策を求める意見が相次ぎ、「処理水について地元ではみんな知っているが、全国的にはそこまで興味を持たれていない」と不満も漏れた。
県漁協青壮年部連絡協議会(県漁青連)いわき方部会の久保木克洋部会長(54)は「世間の認知度が低ければ意味がない。そこが一番の課題」と述べ、国民の認知度向上が重要との認識を示した。
重ねた千回の意見交換
政府は、漁業者をはじめ各種団体関係者との意見交換を、千回近く重ねた実績を強調する。だが、ある漁業関係者は「パフォーマンスだ。質問と答えがかみ合っていない」と切り捨てる。出席者の疑問や指摘に、政府側がはっきり答える場面が少ないことが背景にある。
海洋放出で新たな風評が生じ、漁業が続けられなくなった場合、どうなるのか。県漁連の野崎哲会長は政府と東電に対し「われわれが反対する中で(海洋放出の話が)進んでいる。政府と東電の責任で行っていくことを、より明確にしてほしい」と強調する。野崎会長は「この土地を離れて沿岸漁業を続けていくことは不可能だ」と漁業者の切実な思いも明かした上で、海洋放出の是非だけでなく、処理水の認知度を高めるための「国民的議論」を全国で深めてほしいと求めた。