【処理水の波紋・理解の深度】海洋放出、隣県漁業者の懸念消えず

 
「魚をいつも通り取りたいだけ。安心して漁業が続けられるようにしてほしい」と話す後藤さん=宮城県亘理町・荒浜漁港

 東京電力福島第1原発から北に約70キロ、本県との県境から16キロほどに位置する宮城県亘理町。「海はつながっている。(第1原発で発生する)処理水の扱いは(福島、宮城、茨城の)3県に共通した問題だ」。地元の漁師後藤修さん(54)は危機感をあらわにする。

 後藤さんは小型底引き網漁に携わり、担い手の育成にも力を入れてきた。「海洋放出が始まれば数十年も続く。これから長く漁業を担う若い後継者は、私たちよりも大きな悩みや不安を抱えている」と代弁した。

 処理水の海洋放出方針を巡り、宮城県漁業協同組合は断固反対の姿勢を崩していない。寺沢春彦組合長(60)は「県境では船も見えるほど(福島県と)近いのに、原発事故後の国や東電の対応には大きな違いがあった」と振り返り、漁業者への賠償や操業支援策が不十分だったと指摘。「処理水で不利益が発生すれば、宮城の漁業者にもしっかりと対応してほしい」と訴える。

 宮城県は全国有数の養殖ホヤの産地で知られるが、主な出荷先だった韓国は原発事故後、禁輸を続けている。寺沢組合長は「福島の漁業者の苦労の大きさは分かる。だが、宮城も12年間、同じくらい悔しい思いをしてきた」と語気を強めた。

 福島復興のためには

 いわき市の南に接する茨城県北茨城市。大津漁港にシラスを水揚げしている漁師鈴木平四郎さん(68)は、原発事故の影響で魚介類の販売価格が落ち込んだ苦い記憶が残っている。処理水の海洋放出に伴う風評への懸念は消えず「(政府と東電が)一方的に放出に向かっているように感じる。今後どうなるか分からないが、漁を続けていくしかない」と険しい表情を浮かべた。

 茨城沿海地区漁業協同組合連合会(茨城漁連)も放出反対で福島県漁連などと足並みをそろえるが、茨城県の男性漁師は「福島の復興のために処理水をどうにかしなければならないのは理解している。『海洋放出は前に進むため』と考えるしかないのかもしれない」と苦しい胸の内を明かした。

 日本海側とは温度差

 一方、同じ隣県でも日本海側では太平洋側の漁業者との温度差がうかがえる。新潟県村上市の岩船港でタラ漁の準備をしていた30代の兄弟は処理水に関し「聞いたことがない。東北のことだろう」と口をそろえた。

 板びき網漁師の70代男性2人も「一般の漁師の間で話題になったことはない」と話し、海洋放出方針についてこう続けた。「賛成も反対もない。こっち(日本海側)には影響のないことだから」