四家啓助氏死去 いわき市長2期務める、県議会副議長など歴任

元いわき市長の四家啓助(しけ・けいすけ)氏は2日午後9時54分、誤えん性肺炎のためいわき市の病院で死去した。88歳。自宅はいわき市中央台高久1の33の1。通夜は11日午後6時、告別式は12日午前11時からいわき市平豊間のしらた斎場塩屋崎で。喪主は四家啓助商店社長の長男啓一(けいいち)氏。
いわき市出身、小名浜水産(現小名浜海星)高卒。同市議5期、県議を4期務め、県議会副議長などを歴任。1997(平成9)年に市長選に立候補して初当選し、2期8年務めた。在任中はJRいわき駅前再開発事業や小名浜港背後地の整備などに尽力した。
旭日中綬章を受章。
いわき駅前開発、注力
長年の懸案事項だったJRいわき駅前再開発事業を始動させるなど、強いリーダーシップで市の発展に力を尽くした。真面目な人柄で知られ、山積する課題に実直に向き合った。
在任中は駅前開発に加え中心市街地の平一町目再開発事業、文化交流施設や小名浜港後背地の整備など大型事業が多く、難しい判断を迫られたが、市民の意見を踏まえて決断した。いわき平競輪の移転計画を凍結し、現在の場所での改修を決めるなど財政バランスを踏まえた視点も評価された。
元いわき市長の渡辺敬夫さんは、同じ時期に県議を務めており、「いわき市選挙区選出議員のまとめ役として面倒見の良い人だった」と振り返りながら、「いわき発展に尽くした偉大なリーダーだった」とたたえた。
いわき市議、県議時代を含めて約50年の親交がある青木稔県議は、実直で努力家だったと人となりを語る。「議員として生き方を指導していただいた大きな方だった。いわきのために本当に頑張っていただいた」と悼んだ。