【処理水の波紋・理解の深度】若者の理解不可欠 地道な放射線教育

日本海から直線距離で約60キロ離れた山形県北部の新庄市。「消費者が処理水について正しく理解し、福島の産品を買ってもらうことが大事だ」。新庄北高の1年生35人を前に、経済産業省資源エネルギー庁の木野正登廃炉・汚染水・処理水対策官が語りかけた。
球で例えた出前授業
東京電力福島第1原発で発生する処理水を題材に、同校で2月に行われた経産省の出前授業。講師の木野氏は生徒に渡した野球と卓球の球をそれぞれ投げ返してもらった。放射性物質は核種ごとに放つ放射線に強弱がある。野球の球は当たると痛いが、卓球の球はそうではない。木野氏は、処理水に含まれるトリチウムは卓球の球だとし「放射線が皮膚を通さないほど弱いことを覚えておいてほしい」と説明した。
処理水の処分完了や第1原発の廃炉までに30~40年かかるとされる中、政府は若年層への理解促進が欠かせないとして、放射線教育に取り組んできた。経産省が本年度、高校生向けの出前授業の希望を全国から募ったところ、北海道から沖縄県まで約50校の応募があった。担当者が手分けして各校を訪れ、処理水の安全性や海洋放出の必要性などを教えている。
新庄北高は山形県で唯一出前授業を望んだ。担当の八鍬(やくわ)強太教諭は「放射線について生徒が物理の授業で学ぶ機会はあるが、原発や処理水の問題を理解してもらうには専門的な指導が必要だ」と理由を挙げた。
イメージ変わる生徒
出前授業の予習をするまで処理水について「全く聞いたことがなかった」という生徒がほとんど。受講した那須理子(さとこ)さんは「原発には何となく嫌なイメージしかなかった」と印象を語る。しかし授業を終え「よく知らないのに判断してはいけない」と考えを改めた。処理水が海洋放出された場合も「産地を理由に福島の産品を買わないということはない」と言い切った。
処理水の安全性を質問した阿部薫人(ゆきと)さんは「国際基準からも(海に流して)大丈夫そうだと分かった。批判するなら、科学的な観点からすべきだ」と語った。
木野氏は経産省の出前授業とは別に、独自に県内外の高校、大学約40校を訪れてきた。「一人でも多くの若者に興味を持ってほしい。それが自分で調べて考えることにつながる」と期待する。どこまで理解が広がるか見通せないだけに、政府には息の長い地道な活動が求められている。