【処理水の波紋・理解の深度】住民に消えぬ不安 政府の対応は不足

「処理水の海洋放出には賛成でも反対でもない。でも、あれ(処理水をためる大量のタンク群)をどうにかしないと、俺たちの住む所がなくなっちゃうよな」。東京電力福島第1原発が立地する大熊町に帰還した男性(69)は、古里の置かれた状況を端的に述べた。そして、きっぱりと言った。「政府と東電を信じて海に流すしか道はない。そうじゃないと、大熊の復興は進まない」
第1原発で発生する処理水の海洋放出方針を巡っては、風評を懸念する漁業関係者を中心に反対の声が上がっただけでなく、県内の市町村議会からも反対の決議や慎重論が相次いだ。決議の文面には「議論が深まっていない」「当面は陸上での保管を継続するべきだ」と訴える表記が並ぶ。
復興へ地元の「覚悟」
こうした動きと一線を画したのが、第1原発を抱える大熊、双葉両町議会だった。両町議会は2020年9月、処理水の処分方法を早く決めるよう政府に求める意見書を可決した。具体的な処分方法の是非には触れていないが、地元の意思を明確にした。大熊町の吉田淳町長と双葉町の伊沢史朗町長は「陸上保管の継続は問題の先送りに過ぎず、復興や住民帰還の妨げになる」と強調、現状維持に異を唱える。廃炉と復興の両立を望む立場から地元が覚悟を示したことで、政府は約半年後の21年4月、海洋放出方針を決定した。
東電によると、第1原発構内のタンク容量は今年の夏から秋にも満杯となる見通しで、処理水を陸上でため続けるのは限界を迎える。第1原発周辺は、県内の除染で出た土壌などを一時保管する中間貯蔵施設が取り囲む。両町の地権者が「苦渋の決断」で古里の土地を手放して整備された事実は重く、政府は「第1原発の敷地外に保管場所を拡張する余地はない」とする。
立場の違い乗り越え
政府は「今年春から夏ごろ」の放出開始を見込むが、問題の早期解決を願う地元住民の目にも理解醸成に向けた政府の対応が不足していると映る。双葉郡内の男性(65)は「自分は処理水が安全だと考えているが、風評は化け物だ」とし、多くの人の漠然とした不安が拭えない限り風評は起こり得るとみる。
吉田、伊沢両町長も処理水の安全性や処分の必要性について情報が幅広く行き届いていないと指摘し「残念ながら現状では国民的理解は得られていない」と政府に苦言を呈す。海洋放出を巡る立場の違いを乗り越えて県民、国民に納得してもらい、風評を起こさない環境を整えられるか。自ら掲げた放出の開始時期が迫る中、政府の責任が問われている。(おわり)