「船を魚でいっぱいに」 9月1日から底引き網漁、海洋放出後初

 
9月1日からの底引き網漁を前に漁網の手入れを行う矢吹さん=いわき市・江名港

 東京電力福島第1原発の処理水の海洋放出開始後初めてとなる本県沖での底引き網漁が、9月1日から始まる。「消費者がどう反応するか分からないが、私たちは船を出す。船を魚でいっぱいにしたい」。漁業者は風評被害を心配しながらも、水揚げ量の回復に向けた強い決意を胸に漁の準備を進めている。

 「まずは沖でメヒカリを狙おうかな」。いわき市の漁師矢吹正美さん(59)は同市の江名港に停泊した沖合底引き船「第二十三常正丸(じょうしょうまる)」で漁網を手入れしながら、漁当日の計画を思い描いていた。2カ月間の休漁期間を経て再開となる今季の底引き網漁の準備は万端だ。

 高校卒業後から父と漁に出るようになり、約20年前に父から漁労長を引き継ぎ独り立ちすると、乗組員4人と共に長く漁業を続けてきた。漁船から網を下ろし、時速5キロ程度で引っ張る沖合底引き網漁ではヒラメやアンコウ、メヒカリなど多彩な魚を取ることができる。東日本大震災前、19トンある船いっぱいに魚を積んで帰港したことがあった。「あの時の感動は忘れられない」

 震災と原発事故後、漁業者は水揚げ量の回復に向けて一歩一歩進んできたが、後継者不足が復興を阻む一因になっている。いわき市漁協は国の支援制度を活用して若手漁師の育成に注力。同漁協に所属する矢吹さんも新たに若手の乗組員1人を雇用する予定で、現在採用活動を進めている。

 後継者を育て、伝統の漁業を継承しようと努力を重ねる中で始まったのが、処理水の海洋放出だ。「モニタリングの結果が安全だったとしても、果たして消費者の反応はどうなのか」。矢吹さんの不安は拭えない。国や東電に対し、「漁業者や仲買人など、魚に関わる全ての人のことを考えて風評対策に取り組んでほしい」と切実な思いを訴える。

 風評に打ち勝ち、震災前の豊かな海の光景を次世代につなぎたいと考えている。「また船を魚でいっぱいにする。これから育つ漁師に、あの感動を味わってもらいたい」。矢吹さんは今年も、全力で漁に挑むつもりだ。(木村一幾)

 県内漁協 水揚げ量拡大へ

 相馬双葉漁協やいわき市漁協などは今季の底引き網漁で、国の認定を受けた漁業復興計画に沿って水揚げ量の拡大を図る。

 相馬双葉漁協所属の沖合底引き網船(沖底船)23隻は今季、原発事故後見送られていた宮城県沖での操業を再開させる。

 同漁協によると県境の水揚げ状況などを見極めた上で宮城県沖南部の海域に入り、週1回4隻ずつ操業する予定。同漁協は震災後激減した沖底船23隻の水揚げ量を、2027年の漁期(9月~翌年6月)までに、震災前の10年の7割まで増加させる目標を掲げており、今季は55%まで回復させる。

 いわき市漁協などに所属する沖底船と小型底引き網船計18隻は、21年の時点で震災前の35%にとどまっている水揚げ量を、26年までに50%以上に回復させる方針で、今季は震災前の40%を目指す。