珠洲の漁師「何もできない」 能登地震1カ月、福島民友記者ルポ

 
地震と津波で壊滅的な被害を受けた鵜飼漁港。発生から1カ月がたとうとする今も船が港に乗り上げたままだった=28日午前10時5分、石川県珠洲市(ドローン撮影)

 能登半島地震から1カ月を迎えるのを前に、福島民友新聞社の取材班は発生直後に続き、再び石川県に入った。地震と津波で甚大な被害を受けた珠洲市の漁港を拠点とする漁船は、今も港に乗り上げたままだ。変わり果てた港の復旧、そして漁の再開に向けた見通しは立っていない。

 「このままでは漁師が離れてしまう。どうにかしなければ」。蛸島(たこじま)漁港がある県漁連協同組合すず支所に28日、珠洲市の漁協関係者が集まり、漁業の再建を話し合った。

 漁船 甚大な被害

 同市をはじめとする石川県内の漁港は地震、津波被害に加え、沿岸部の地盤隆起が重なり、転覆や沈没、座礁や流失で多くの漁船が失われた。かろうじて残った漁船も、漁港の海底が露出したため出入りできない状況が続く。

 市内の組合員は約1100人。例年ならズワイガニ漁やマダラ漁が最盛期を迎える時期だが、津波で鵜飼(うかい)、飯田、寺家(じけ)、狼煙(のろし)の4漁港の漁船は全滅状態。支所によると、4漁港を含めた市内12漁港に所属する漁船のうち「3分の2程度の行方が不明」という。

 自宅を失った漁師も多く、比較的被害が少なかった金沢市などで避難生活を余儀なくされている。この日は漁に出られる環境づくりに向け、支所の前に漁師が漁業の拠点とする休憩所「番屋」を仮設住宅として10棟建設することを決めた。2月には着工する計画だ。

 「本当だったらカニ漁で忙しいはずなのに、何もできないのはつらい」。蛸島漁港に所属す森下秀和さん(51)は苦しい胸の内を吐露した。地震発生後、すぐに船を沖に出したため被害は免れたものの、断水に加えて漁船の給油施設や製氷設備が整わず、漁に出ることができないという。「このままでは生活ができない。一日も早く海に出たい」(記事、写真とも報道部写真映像課・石井裕貴)