輪島、焼け跡のまま 福島民友記者ルポ、能登地震...あす1カ月

 
能登半島地震で大規模火災が発生した「輪島朝市」周辺。発生から1カ月が経過しようとする今も、発生直後と変わらない光景が広がっていた=30日午前9時35分、石川県輪島市(ドローン撮影)

 能登半島地震から1カ月が経過しようとする今もなお、発生直後と変わらない悲惨な光景が広がっていた。大規模火災が発生し約200棟以上に延焼、全域が焼失した石川県輪島市中心部にある「輪島朝市」。発生から1カ月となる2月1日を目前に控えた30日、瓦や骨組みだけを残して焼け落ちた観光地を再び歩いた。

 「日本三大朝市」の一つに数えられる輪島朝市に入ったのは今月6日以来、24日ぶり。警察関係者による大規模捜索が終了し、規制線が張られた輪島朝市に人の気配はなかった。焼失前は伝統工芸品・輪島塗の漆器を製造、販売する店舗や住宅などが並んでいた輪島朝市。足元を見ると、焼け残ったとみられる漆器が焼失した家屋の前に丁寧に重ねられていた。

 捜索作業で置かれたものなのだろうか。焼失前の住宅に掲げられていたとおぼしき名前が刻まれた白い表札も玄関だったと思われる場所に置かれていた。

 輪島漆器商工業協同組合によると、加盟する103社のうち輪島朝市周辺の火災で少なくとも16社の事業所と店舗が焼失した。現在も1事業所の2人が行方不明で、会員外だった30代女性職人も消息が分かっていないという。

 仲間の安否を心配する同組合の隅堅正(けんせい)事務局長(66)は「被害の全容をいまだ把握できていない」と話す。「このままでは輪島を離れたり、離職する事業者や職人が増え、輪島で培った大切な漆技術も消えてしまう」

 規制線の周りには、変わり果てた光景を眺めたり、スマートフォンで撮影したりする人の姿があった。「いつの日にか、復興した輪島朝市を撮影する」。そう胸に刻みながら、シャッターを切り続けた。(記事、写真とも報道部写真映像課・石井裕貴)