中能登で教え子に「寄り添う」 いわき生まれ、震災経験の教諭

 
休み時間にクラスの児童と触れ合う中谷さん(中央)。「地震で不安を抱えた子どもたちの心の変化を支えてあげたい」と話した=1月31日午前9時27分、石川県中能登町・鳥屋小(石井裕貴撮影)

 能登半島地震で震度6弱を観測した石川県中能登町。町内にある鳥屋小の教諭中谷萌瑛(なかやもえ)さん(23)は、生まれ育ったいわき市で東日本大震災を経験した一人だ。「地震で不安を抱えた子どもたちの心の変化を支えてあげたい」。地震発生後、そんな思いを胸に教壇に立っている。

 中谷さんは中央台東小4年生の時に被災した。友達を待っていた放課後の教室で大きな揺れに襲われた。不安と恐怖で心細かったところに担任の先生が来て安堵(あんど)したのを覚えている。

 その後2011年10月に母の実家がある石川県宝達志水(ほうだつしみず)町に避難した。石川県で中学、高校時代を過ごし、金沢大教育学部を卒業後、昨年4月に着任した。

 今回の地震で鳥屋小の全校児童265人に被害はなかったが、珠洲、輪島両市からそれぞれ避難してきた児童2人を受け入れている。新学期は地震の影響で1週間遅れて1月15日に始まった。

 「地震のことについて話したくない子もいるかもしれない。私が今までと同じように接することで安心してくれるはず」。地震の話題について直接的な表現を避けることを心がけた。

 3学期が始まった15日には、担任する4年1組の子どもたちの前で「もし不安なことがあったら、抱え込まずに先生や周りの人に教えてね」と語りかけた。

 同校では、地震による児童の心身状態を把握するためのアンケートを行った。「眠れない」「夜中に目が覚める」「イライラする」「やる気が出ない」―。個別で面談を行うと、「また地震が来たら死んでしまうのではないか」と心配する児童もいた。見た目は元気で地震前と変わらないように見える子どもたちも、心に大きな傷を負っていた。

 今回の地震の前にも子どもたちに教えたことがある。昨年行われた地震を想定した避難訓練では、東日本大震災当時同じ小学4年生だった自身の被災体験を説明。「天井からつり下げていたテレビが落ちてきそうになって、教室の花瓶も割れちゃったんだよ」「原発事故があって、飛んできた放射性物質は見えないから怖かった」。訓練は机の下に潜り込むだけだが、災害について真剣に考えてもらおうと、自ら体験したことを具体的な言葉で伝えてきた。自分も東日本大震災後は不安な日々が続いたことから、子どもたちの心の支援は長く続けなければならないと考えている。「ささいな悩みや不安にも気づいてあげたい」。教え子一人一人に寄り添いながら、温かく成長を見守っていく。(報道部・多勢ひかる)

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