【8位】渡部恒三さん死去 愛された「恒三節」

 
晩年は「平成の水戸黄門」として親しまれた渡部さん=2013年

 元衆院副議長で、通産相や厚生相などを務めた渡部恒三さんが8月23日、88歳で死去した。生涯会津弁を貫き、ユーモアを交えながら鋭く本質を突く語り口は「恒三節」として愛され続けた。県内外から別れを惜しむ声が相次いだ。

 南会津町(旧田島町)出身。県議などを経て、37歳で衆院に初当選し、「東北のケネディ」と呼ばれた。自民党では、小沢一郎氏らと共に竹下派の「七奉行」の一人として地歩を固め、要職を歴任した。自民党離党後は、政権交代可能な二大政党制を追い求めた。四極通商サミットの実現、磐越道や地域高規格道路の整備など、県勢発展への貢献も大きい。

 政界では与野党を問わず、人柄や手腕などに厚い信頼が寄せられた。2006(平成18)年には、偽メール事件で窮地に陥った民主党の国対委員長を引き受け、「平成の水戸黄門」の異名を取った。

 引退後は、会津若松市で暮らした。昨年5月の自身の米寿を祝う会が、公の場に姿を見せた最後となった。

 葬儀は新型コロナの影響で、家族や元秘書らだけで営まれた。感染症の収束を待って、会津若松市と都内でお別れの会が開かれるという。