強烈個性家族を笑いに 白河出身、猫沢エミさん新著「猫沢家の一族」

 
個性的な家族の思い出をつづったエッセーを刊行した猫沢エミさん(撮影・関めぐみ)

 白河市出身のミュージシャン・エッセイスト猫沢エミさん(53)が、強烈な個性の持ち主だった両親や祖父母とのエピソードをつづった新著「猫沢家の一族」(集英社、1650円)が刊行された。過酷ともいえる子ども時代を過ごしたはずなのに、収録されている思い出は笑い話ばかり。その理由を猫沢さんに聞いた。
 
 常識通用せず「重荷」より前向きに

 「いつかあの山を越えてもっと広い世界に行く」。猫沢さんは中学時代、毎日そう思っていたという。白河市の呉服店(現在は廃業)の長女で、弟が2人。祖父は精神疾患があり、夜中に文房具店のシャッターをたたいて筆を売れと迫る、誤った風呂の使い方を家族に教え度々爆発させるなど、その行動は想定外のことばかり。見えっ張りで問題続出の父、酔った父の奇行に振り回され、後に家業が傾くと子どもに消費者金融での借金を明るく強要する母―。本書では家族による仰天の出来事の数々が「笑いのネタ」として面白く、少し切なく紹介されている。

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※「猫沢家の一族」。書かれていることは「本当に日常でした」と猫沢さん。表紙左の女の子が本人

 「とにかく社会的な常識が一切通用しない家だった。早くから、この家に自分が住んで家族の形をキープするには、この家族に合う理解をしなくては、と気付いていた」と猫沢さん。「家に帰ったら目の前ですごいことが起きている。それを子どもなりにハイスピードで理解し、笑いに昇華していた」という。それは子どもながらに会得した、自分を守るすべでもあった。「ほかの家をうらやましがる暇もない。早く自立して家を離れたかった」と明かす。

 白河女子高から東京の音大に進み、1995年に「猫沢エミ」の芸名でCDデビュー。祖父母や両親の他界後に「私の人生を歩く」と、2022年にフランス・パリに移住した。「移住は『猫沢家』との決別の意味もあった。結婚して早く名前を捨てたかった」と思ったほど、家族との日々は疲れるものだった。

 ところが渡仏後、本書の基となった家族についてのウェブ連載を始めると、思い出すのは自由奔放に生きた家族の笑い話。猫沢さんはその理由を、自分が家族に対峙(たいじ)し、問題を乗り越えてきたからだと考えている。「『お父さんを宇宙の藻くずにしてくれ』と思った時期もあったが、嫌な感情は忘れてしまった。家族を重いものとして抱えていくのは人生の大損。乗り越えて、笑いにして、ポジティブに捉える方がいいですよね」

 ユーモアあふれる文章からは、そんな家族への愛がにじむ。「子どもを愛しているという表現は全くなかった」という両親だが、両親なりの愛があったとも感じている。晩年に父が病院で言った言葉(第14章「笑いと許しの週末介護」)を例に「めちゃくちゃな親が人生で1、2度だけ言った『いいこと』が、すごく記憶に残っている。子どもはそんな一言や小さな愛でも、それが本物なら足りる。本当に言ってほしいことを親に言われたことがあるかどうかで一生が変わる。私たちには多分、それがあった」。そう振り返る。

 重く苦しい思い出は書かれていない。書かなくても、読んだ人は『ここまで笑えるまでにはどれだけ大変だったか』と察するだろうと思っている。「猫沢家の大変だったことは想像してもらい、その余白に読んだ人なりの家族の問題を当て込み、一緒に笑って成仏させてください」と猫沢さん。「この本が、家族問題を暗い沼のように抱え込まなくていいんだ、と思えるきっかけになってくれたらいいと思います」