【風評の深層・豊かな大地】県産品に立ちはだかる「見えない壁」

 
県産キュウリを納入先に搬出するタケイの従業員=東京・豊洲市場

 「福島県産品を納入するときに、原発事故のことを持ち出す取引先はいませんね」。東京・豊洲市場にある青果仲卸業者タケイの武井敏幸社長(56)は、店頭に積んだ県産キュウリなどの箱を見つめると、落ち着いた口調でこう言い切った。

 創業約50年の同社は、移転前の築地市場時代から県産品を扱い続けてきた。取引先は首都圏を中心とした飲食店で、約100店舗に及ぶ。インゲンやジャガイモ、モモなど旬に合わせて扱う産品は変わる。武井社長は「特定の産地にこだわるわけではないが、自信を持っていいものを納入し、お客さんに満足してもらってきた」と語る。県産品は長年、納入先のお眼鏡にかなう品質を維持してきた。

 しかし、2011年3月の東京電力福島第1原発事故の直後から、納入先の反応が一変した。「福島県はもちろん、隣接県の産品も納入しないでほしい」。武井社長は取引先の求めに応じざるを得ず、他県産に切り替えた。「復興を応援したい」と、県産品を希望した取引先もいたが、県産品の取扱量は縮小した。

 時間の経過とともに県産品への拒否反応は徐々に薄れ、取扱量も回復した。原発事故から9年余りが過ぎ「見る限り、福島県産品だから高い、安いということはないように思う。むしろ産地より、品物の質の良しあしで値段は決まっている」と武井社長は話す。

 「県産品敬遠」思い込み

 しかし、農林水産省が昨年度に行った県産農林水産物の流通実態調査では、県が重点品目とするコメや牛肉、モモなどの価格は全国平均を下回ったままで、生産者も価格回復を実感することができないのが現状だ。

 それがなぜかを読み解くヒントがある。農水省が流通実態調査で、豊洲市場の青果仲卸業者に聞き取りをした結果、13社が「県産品の取り扱いに前向きではない納入先がいる」と答えた。だが、実際に納入先の反応を改めて確認してもらったところ、タケイなど2社が「予想より前向きだった」と答え直した。

 武井社長は「福島県産品だからといって何か言うようなお客さんは今はいない」と気付かされたという。

 ここから浮かぶのが県産品の前に立ちはだかる「見えない壁」の存在だ。卸売業者が取引先の外食業者や加工業者に納入する前から「県産品は敬遠される」と過度に思い込んでしまう「認識のずれ」が根底にある。

 農水省などは、この「認識のずれ」が市場での取引を消極的にさせ、価格低迷を招く一因とみる。

 JA関係者は「客に心配されるなら他産地を扱った方がいいと(消費者と生産者の)中間にいる流通業者が県産品を取り扱わなくなった。風評は今や、市場での構造的な問題として固定化されている」と訴える。

 本県の農畜産業は、原発事故による風評で大きな影響を受けた。近年、関係者からは、市場価格が戻らない状況が「固定化」しているとの声が上がる。流通や生産の現場で何が起きてきたのか、風評を乗り越える手だては何か。緑の大地を将来に引き継いでいくための課題を見つめる。

 「認識のずれ」解消の道険しく

 農林水産省が2019年度に実施した県産農産物などの流通実態調査では、県産品の価格は東日本大震災直後に全国平均を大きく下回り、その後、価格差は徐々に縮小しているものの、依然全国平均を下回る品目が多い。

 国は、卸売業者が外食業者、加工業者に納入する前に県産品の取り扱い姿勢を消極的に評価する「認識のずれ」を是正するよう、流通業者などに指導・助言しており、19年度調査では認識のずれがやや緩和された。

 認識のずれは18年度調査で判明した。県産品の取り扱い姿勢について、加工業者に「5=前向き」「4=やや前向き」「3=どちらともいえない」「2=やや後ろ向き」「1=後ろ向き」の5段階で評価してもらった結果、18年度の平均値は3.1となった。これに対し、仲卸業者から見た加工業者の姿勢を評価した平均値は2.5となり、差し引き0.6ポイントの認識のずれがあると分かった。一方、19年度調査では、加工業者の評価は3.1と変わらなかったが、仲卸業者から見た加工業者の評価は2.8となり、認識のずれは0.3ポイントとやや改善した。

 また19年度調査では、卸売業者・仲卸業者・加工業者計210社のうち67.1%が認識のずれを認知していたものの、具体策を講じたのは5.3%にとどまることも分かった。国は認識のずれを解消するには、業者間で県産品の話題が出るような機会の創出が必要としている。