【風評の深層・豊かな大地】「ブランド産地」苦悩...安全は数字

 
「消費者は安心と安全の両方を求めている」と話す渡部さん。抽出検査に向けた準備が進む

 会津坂下町の水田地帯。「生育に問題はない。今まで同様、安心して食べてほしい。おいしさには自信がある」。青々と茂る自慢のコシヒカリの苗を見て、農家の渡部三郎さん(66)は力を込めた。

 会津盆地の寒暖差を生かし、甘みと強い粘りが特長の会津産コシヒカリ。全国でも人気が高く、名の知られた「ブランド産地」に位置付けられてきたが、東京電力福島第1原発事故後、その立場は一変した。

 全国の産地でも上位だった1俵当たりの取引価格は数千円も下落し、ブランド産地の地位は他県産に奪われた。取引価格は依然、原発事故前の水準まで回復しておらず、渡部さんは「生産者は市場価格をどうすることもできない」と風評被害の根深さが歯がゆい。

 県産米の安全性の証明として、県は2012年産米から、1袋ずつ放射性物質濃度を調べる「全量全袋検査」を実施してきた。それは、原発から100キロ以上離れた会津も同様だった。「会津のコメも『グレー』と見なされるのは不本意だった」。検査開始当初は疑問もあったが、数年の検査で培ってきた「基準値(1キロ当たり100ベクレル)超えゼロ」が、今では安全性の証明に大きな力となっていると感じている。「手間は掛かるが、顧客から何ら苦情はなく、安全性が担保されたのは良かった」

 そのような中、全量全袋検査は本年度から避難指示が出るなどした12市町村を除き、抽出検査に移行する。15年産米以降、検査したコメの全てが基準値を下回っていることなどが理由だ。

 転換期に当たり、気になるのは消費者や業者の反応だ。「全量ではないので、検査しないコメを(消費者らが)どう評価するのか。『他のコメでもいいんじゃないか』と思われるかもしれない」。15年産米から基準値超えゼロなど、県産米の安全性を広報しながら販売してほしいと願う。

 県消費者団体連絡協議会が19年に県内の消費者を対象としたアンケートでは、4割が県産米の全量全袋検査を「これまで通り続けてほしい」と回答した。年々減少傾向にあるものの、全袋検査の継続を望む声が一定程度あるのも事実だ。渡部さんも「全量全袋検査を継続し、『日本一、安全なコメは福島県のコメだ』とPRした方がいいのではないか」と思うときがある。

 渡部さんは農家の7代目。現在のコメの作付面積は約30ヘクタールで、近い将来、50ヘクタールまで拡大させたいと意気込む。消費者に選ばれるコメとなるには、味はもちろん、安全性の証明が今後も重要と感じる。「味は生産者の努力でできるが、消費者は安心と安全の両方を求めている。安全の担保は数字。数字で明らかにしないと安全にはつながらない」

 【コメ全袋検査】基準値超は5年連続なし

 食品に含まれる放射性セシウムの基準値が、12年度から同100ベクレルに引き下げられることも踏まえ、出口対策として全てのコメに網を掛けることを決めた。仮に放射性セシウムが多く含まれているコメがあっても、市場には流通させない仕組みだ。昨年は約180カ所の検査場で実施された。

 12年産米から99%が測定下限値未満で、15年産米からは5年連続で基準値超えは確認されていない。消費者や市場関係者に対し、本県産米の安全性を証明、説明する根拠として役立てられてきた。

 一方、生産者が収穫したコメを検査場に持ち込んだり、検査を受けるため必要なバーコードラベルを一つ一つ袋に貼ったりする必要があり、生産現場の負担になっていた。経費は現在年間約50億円かかっている。

 抽出移行対策二重三重 

 2020年産から導入されるコメの抽出検査は、原発事故で避難指示が出るなどした市町村などを除く357の旧市町村(1950年2月1日時点)ごとに行われる。

 食品に含まれる放射性セシウムの基準値(1キロ当たり100ベクレル)の半分の値となる同50ベクレルを超えるコメが確認された場合に備え、二重三重の水際対策が構築されている。

 抽出検査に移行するのは、緑で示した357地域。いずれも全袋検査で基準値を超えるコメが5年連続で確認されていない。
 全量検査を継続する地域はオレンジ色で示し、主に原発事故で避難指示が出るなどした地域となっている。川俣町は旧避難区域の山木屋地区を除いた地域で抽出検査に移行。南相馬、田村の両市は避難指示が出た地域と、ほかの地域で作付けされたコメを区分することが難しいことから、全域で全袋検査を継続する。

 県は「引き続き放射性セシウムの吸収抑制対策を徹底するなど、県産米の安全をしっかり確保していく」(水田畑作課)としている。

 県内家庭の食事、6年検出されず

 コメをはじめとする県産食材の安全性は、コープふくしま(福島市)の調査でも裏付けられている。2011(平成23)年度から9年間で、県内の延べ1100世帯の食事に含まれる放射性セシウムの濃度を調査した結果、測定下限値(1キロ当たり1ベクレル)を超える世帯は、14年度から6年連続で確認されていない。

 県内の家庭で食事を1人分多く作る「陰膳方式」で行われている調査は、県内全域の生活協同組合員の協力で行われている。19年度は、100世帯の食事を調べた。世帯ごとに2日分、県産食材(水道水を含む)を使った朝昼夕の実際の食事計6食分を均一に混ぜたものを測定し、全世帯の食事が測定下限値未満だった。

 コープふくしまは、一般家庭で測定下限値を超えるようなセシウムを含む食事を取っている可能性は極めて低いと分析している。