【風評の深層・豊かな大地】信頼築くため奔走 切り開く米作り

 
水田にアヒルを放って米作りに取り組む新妻さん。農家自らも風評にあらがう努力が必要だと感じている=広野町

 「風評という言葉が当たり前に飛び交う現状に甘んじていないか」。東京電力福島第1原発から南に約25キロの広野町折木地区でコメの有機栽培に取り組む新妻良平さん(61)は、常に自問しながら消費者との信頼を築こうと奔走してきた。一般的な価格の2倍以上する1キロ700円のコメを求める顧客は、事故前より増えた。

 山あいに広がる約50アールの水田では、稲の間を40羽のアヒルが雑草や害虫を食べながら元気に泳ぎ回る。有機栽培ではアイガモを放つ方法が有名だが、新妻さんは事故前から一貫してアヒルだ。「全国でも珍しいし、稲の緑にアヒルの白が映えるでしょ」。話題性に加え、品質にこだわったコシヒカリは「あひる米」として独自のブランドを築いた。

 関東圏を中心に人気を集め、多くのリピーターも獲得した。しかし、原発事故で例に漏れず風評に直面した。発送を間近に控えた2010年産米は、倉庫で保管していたため汚染を免れた。そんな経緯を繰り返し説明しても、顧客は「いらない」の一点張り。150件の顧客は7割減った。

 新妻さんは「当時は誰もが放射能と向き合うための知識が不十分で、理解を得られなかったのは当然だったのかもしれない」と振り返る。しかし、こう言い切った。「でも、風評を実感したのはその時だけだ」

 避難指示の解除後、新妻さんは12年に営農を再開し、顧客を取り戻そうと動いた。全量全袋検査で安全性を証明する取り組みも始まったが、それでは足りないと感じた。「生産者が米作りのこだわりや安全を確保する取り組みをじかに説明して初めて安心してもらえる」。かつての顧客を一軒一軒訪ね歩き、毎週のように県外の販売イベントに足を運んだ。

 「あんたが作ったコメなら買うよ」。少しずつ理解も深まった。購入した世帯の子どもや親族がコメを口にすると、新たな注文が舞い込んだ。アヒル農法に興味を持ち見学に訪れる人も相次いだ。顧客は北海道から沖縄まで200件に上る。

 自ら販路を切り開く努力の大切さを痛感した出来事がある。13年11月に広野町産米が当時の天皇陛下(現上皇さま)の希望で皇居・御所に届けられたと報じられると、注文電話が殺到した。喜びもつかの間、その大半はリピーターにはならなかった。「結局、生産者の顔が見えるよう粘り強い努力が大事なんだ」

 コメを作ることだけが仕事の全てで、流通は他人任せ。そこから一歩を踏み出し、付加価値を高めながら販路回復に挑む同志もできた。「どうすれば売れるのかと努力する意識は高まった。原発事故も無駄ではなかった」。事故から10年目を迎えた今、そう思える。

 産地間競争、勝つ戦略必要 福島大食農学類教授・小山良太氏

 県産農林水産物に対する風評被害の根幹には何があるのか。農業再生に向けた研究に取り組む福島大食農学類教授の小山良太氏(46)に解決の糸口を聞いた。

 ―東京電力福島第1原発事故に伴い、風評という観点から本県農業にどのような変化があったか。
 「県産米や県産牛の価格が震災直後に下がったまま定着してしまっていることが一番の問題であり、風評ではなく実害だ。放射能による汚染だけではなく、福島というブランド価値や福島の市場評価が下がったことが最大の損害。事故直後は『毒を食わせるな』と過度に反応する人もいて風評はあったが、今では騒ぐ人はほとんどおらず、風評はないと思っている」

 ―市場価値はどのようにして下がったのか。
 「市場では買いたい人が値段を付け、産地の序列が決まる。原発事故後、企業が県産品を扱うようになったが、最初は『安くていいもの』という扱いだった。原発事故の被害を受けて底値まで落ちた産地と捉えられたためだ。それが市場で定着してしまっている。また震災直後、スーパーの棚が埋まらなくて困っていたとき、他県が棚を埋めてくれた経緯がある。これが数年続き、今さら県産品に戻すことができないという問題もある。原子力災害が長期に及ぶために、市場構造が大きく変わった」

 ―県や国が取り組んできた風評対策の評価は。
 「生産段階で放射性物質の吸収抑制対策をしているとか、放射性物質検査など県産品のリスクが低いという情報を発信することは初期段階では重要だった。その結果、スーパーや量販店が県産品を扱うようになった。だが、固定化してしまった市場構造を変えるためには、産地間競争に勝つことができるような流通対策と生産対策が必要だ。全く違う売り方、違う角度から市場に入っていかなければならない」

 ―具体的には。
 「例えば山形県のコメの品種『つや姫』は、品種改良などによって産地の序列の中に入ってきた。山形県は生産者を認定して品質管理を徹底しており、そういう取り組みも重要だ。安全であることは当たり前で、さらにいい物を作っているとか、販売戦略に使えるような情報発信が必要になる。今まではある種、放射能汚染対策に取り組んできたが、今後は下がったブランド価値をどう回復していくかに予算を投じていかないと、損害を被ったままの状態は改善されないだろう」

 桃農家「自立してこそ復興」 GAP取得、海外輸出

 県は、風評を払拭(ふっしょく)するための対策の一つとして、県内の生産者に農産物や農作業の安全性などを管理する認証制度GAP(ギャップ、農業生産工程管理)の取得を呼び掛けている。国際認証「グローバルGAP」などを取得している「はねだ桃園(桑折町)」の羽根田幸将さん(30)は「取得を通じて人とのつながりができたことが一番のメリット。海外に輸出する契機にもなった」と振り返る。

 東日本大震災の発生当時、山形大3年生だった羽根田さんは2015(平成27)年に帰郷。1年間の研修を経て、16年から本格的に家業を継いだ。「モモを取っても売れない状況が続き、実家の雰囲気は沈んでいた」。東京電力福島第1原発事故直後は、かつて1箱3500円だった商品が500円でも売れなかった。

 父が所属していた町の協議会に出席するようになり、GAPを知り、16年9月に「グローバルGAP」を取得した。以来、さまざまな講演会で講師を務めるようになった。GAPのメリットを問われて困る時期もあったが、講演会に出席していた農家の「福島県が全国で一番、GAPを取得しているとなったら、すごいインパクトを起こせるよね。私も取得する」という言葉が力となった。

 GAPの普及に向け、18年には国内認証「JGAP」、「アジアGAP」、本県独自認証「FGAP」も取得。タイへの輸出や百貨店とのつながりもでき、新しい仕事が増えるきっかけにもなった。

 風評被害については「(放射性物質検査など)これまでの努力で、理解のある消費者が増えてきている」とし、現在の同桃園に「風評被害はないと思う」と言い切る。

 震災から10年目を迎える中、「支援がなくなることを心配する農家の声も聞くが、自立してこそ復興。自分の足で立ち、腕で勝負していくステージに入っている。いい物をつくって福島ファンを増やしていきたい」と話し、若手農業者の一人として"献上桃の郷"の産地を守り抜く意欲を見せる。

 本県GAP認証数全国3位

 県や日本GAP協会によると、本県の「JGAP」(161件)と「アジアGAP」(7件)を合わせた認証件数は168件(3月末時点)で、全国で3番目に多い。

 県やJA福島中央会が2017年5月に日本一の認証件数を目指すと宣言して以降、本県の認証件数は増え続けている。「JGAP」と「アジアGAP」のほか、「グローバルGAP」が27件、「FGAP」が73件で、全て合わせると268件(3月末時点)となり、前年同期より114件の大幅増となっている。

 (第3部「豊かな大地」は今回でおわります)