【復興の道標・賠償の不条理-3】裁判では取り戻せず 奪われた生きがい

「われわれの生活をどうしてくれるんだ」。2012(平成24)年春、田村市船引町の仮設住宅集会所で、同市都路地区の住民と東京電力社員との懇談会が開かれていた。長引く避難生活で、集会所には殺伐とした雰囲気も漂い、住民からは怒声に近い声も上がった。
東電社員は丁寧に頭を下げ、一つ一つの言葉を聞いていた。ただ、今後の対応を聞かれると「ここでは即答できません」との回答に終始した。その受け答えは機械的で、自宅が緊急時避難準備区域にあった都路地区の宗像勝男(71)は「古里を奪われた苦しさや避難生活の大変さは当事者にしか分からないのか」と憤った。
宗像は震災前、都路でシイタケ原木を運ぶ仕事を営んでいたが、現在は放射性物質の影響で出荷できない状況だ。生業(なりわい)と生きがいを奪われた上に集落への住民帰還は一部にとどまり、地域のコミュニティーも元に戻っていないという現実がある。
こうした問題は金銭だけでは解決できないが、宗像らは昨年、東電を相手取り集団訴訟に踏み切った。「加害者側」が決めた基準で機械的に処理される賠償に我慢がならなかった。「あの時の懇談会の怒りの声と同じ。金で取り戻せないことは分かっている。東電への最後の反抗かな」
かけがえのないものを奪われたやり場のない怒りから、裁判に向かう被災者がいる。しかし、裁判で得られるのは金銭で、それだけで根本的な救済につながるのか、疑問の声も上がる。いわき市の弁護士渡辺淑彦(45)は「被災者は生きがいも奪われた。それを取り戻す施策も必要なのではないか」と指摘する。
昨年12月の県議会。知事内堀雅雄(51)は「避難指示が解除された地域の真の復興に取り組む」と、都路地区を含む旧緊急時避難準備区域の復興を加速させる方針を表明した。
11年9月に区域が解除された後も、帰還は進まない。県は新年度の当初予算案に、市町村がそれぞれの実情に応じた帰還支援策などを打ち出すための事業費を盛り込んだ。お金だけでなく、どうすれば被災者救済につながるのか、行政の模索も続く。
宗像は避難先から古里に戻ったものの、原木を運ぶ仕事に代わる生きがいは見いだせていない。それは「裁判では取り戻せないもの」とも自覚している。
「原木(を運ぶ仕事)に代わる何かがあれば、裁判なんかに気持ちは向かねえんだけどなあ」(文中敬称略)
(2016年3月6日付掲載)
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