【復興の道標・5年の歴史-2】放射線よりも糖尿病 事故後に割合高く

 
南相馬市が開いた栄養講座で、茶わんにご飯をよそいながら「適量」を学ぶ受講者。生活習慣改善に向けた取り組みが進む

 「自分で食事を用意する機会が多い。生活習慣に気を付けておかないと、いずれ困るのは自分だから」。6月9日、南相馬市の原町保健センター。糖尿病予防をテーマとした栄養講座の会場で、同市原町区の柚原(ゆはら)恒貞(71)は受講の理由を話す。講座では、予防にも効果がある糖尿病の食事療法などに理解を深めた。

 震災前に妻を亡くした柚原。同居していた長男は5年前の震災時、結婚したばかりだった。原発事故を機に一時県外へ避難し、その後戻ったが、長男の家族は今も離れて暮らす。自宅で一人になることが多い柚原は「さみしくなることがある」とつぶやく。

 栄養講座は、南相馬市が本年度から新たに始めた事業だ。「原発事故に伴う避難の影響で、以前は家族みんなで食べていたのに高齢者だけになってしまった世帯など、生活習慣病を発症したり、重症化してしまった人がいる」。講師を務めた管理栄養士の田村有香(43)は背景を語る。

 日英の研究チームが2月、南相馬と相馬両市民を調べた結果、糖尿病や高脂血症を発症する割合が原発事故前より高くなったとの論文をまとめた。糖尿病は避難者で約1.6倍に増え、避難していない人でも約1.3倍になった。研究チームは、人間関係など原発事故に伴う生活環境の変化が影響した可能性があるとみている。

 田村は、栄養講座を開いたもう一つの理由も明かす。「糖尿病の合併症で腎臓が悪くなれば透析が必要になる。しかし、市内の透析施設はすでに満杯状態だ」。相双地方には、県外の施設に透析に通う人もいるという。

 原発事故で県民に突き付けられた放射線の健康影響。不安が高まったが、同時に、原発事故直後に放射線不安から外遊びを制限された子どもを巡り、体力・運動能力の低下が指摘されるなど、放射線を避けようとしたことで別の健康問題が浮上する事態も生じた。

 この5年間、さまざまなデータが蓄積された。県民が注意を払うべき健康問題は、放射線そのものの影響とは別のところにあることが、徐々に分かってきた。

 福島医大が震災、原発事故を受けて設置した健康リスクコミュニケーション学講座の准教授を務める村上道夫(37)は提言する。「これまでは放射線のリスクに注目が集まりがちだったが、一つの健康リスクだけを取り上げるのでなく、さまざまなリスクを比べながら減らせるものを減らしていくという考え方が重要。糖尿病患者の割合が増えているという点にも注目し、全体的なリスクを減らす社会を目指すべきだ」(文中敬称略)