【復興の道標・不条理との闘い】自信持ち語る力を 原発視察、若者の学びに

「若者が将来世界に出て『福島の原発どうなってるの?』と聞かれて『知らない』はまずい。自分の言葉で語れるようになってほしい」。東京大学教授の早野龍五(65)はそんな思いから昨年11月、福島高校の生徒を連れて東京電力福島第1原発を訪れた。18歳未満の若者が第1原発を視察するのは原発事故後初めてだ。事前に勉強会を重ねた生徒たちは、担当者に次々と質問を投げ掛けた。
視察に伴う被ばく線量は、歯科でのレントゲン1回分に相当する10マイクロシーベルト未満だった。「そこはある意味、教材の一つ。他では学べないことを学んだ」と早野は思う。
「福島でできること」
物理学者の早野は、原発事故直後から本県に入り、ホールボディーカウンターや個人線量計による被ばく調査などを行ったほか、乳幼児用の内部被ばく検査装置「ベビースキャン」を開発した。福島高の生徒と交流を深め、生徒の被ばく線量調査の手助けもした。
「福島が住めない状況ではないということは分かったし、それを知らせるためのデータ、論文も出してきた。科学者として、福島でできることは終わりに近づいている」。6年たってそう感じる。
一方で、科学とは少し違う分野に、深刻な問題があると考えている。福島の若者に向けられる偏見だ。
「君たち、本当に福島から来たのか。福島には人が住んでいないんじゃなかったのか」。2014(平成26)年3月、スイスのジュネーブ。早野の引率で発表に訪れていた福島高の生徒3人が聴衆に囲まれ、質問を受けた。「福島」という原発の名が県の名、市の名で、さらに高校の名にもなっている生徒たち。早野が偏見を意識するきっかけとなった。
「将来、不幸にして偏見にさらされても、自信を持って『そうではない』と言えるようにした上で、進学や就職で県外に出る福島の若者を送り出したい」。原発視察も、そうした思いが背景にあった。
生徒たちの視察に対し、インターネット上などで数多くの批判が上がった。被ばくを懸念する意見のほか、「東電が見せたい物を見るだけ。東電の安全PRに利用されるだけだ」「どういう意図的な発信をするつもりでマスコミを同行させたのか」と非難された。
「生徒たちにとって、一定の覚悟を要する活動だった」と早野は振り返る。偏見に打ち勝とうと、廃炉の実情を知ろうとする若者たちの行為さえも「東電のためにやっているのでは」などとゆがんだ視線にさらされる。
それでも、福島の若者を対象とした視察事業は広がりつつある。福島大は新年度から、第1原発視察を教育に取り入れる。事業を担当する准教授の高貝慶隆(40)は「東電だけの一方的な情報に偏らないよう、専門家など第三者を招いた講義を行い中立性を保ちたい」と話す。
早野は本年度で東大を定年退職し、教育者として一つの節目を迎える。「福島の子どもたちへの偏見はなかなか消えない。だから自分で説明できる力を身に付けるしかない。そのことを、学校の先生たちにこそ強く認識してほしい」(文中敬称略)
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