夏から秋ごろにタンク満杯...海洋放出へ準備進む

 

 東京電力福島第1原発では廃炉作業と同時進行で、処理水の海洋放出に向けた準備が進む。政府と東電は、処理水を保管するタンクが敷地内に林立したままでは廃炉作業が立ち行かなくなるとして「今年春から夏ごろ」の放出開始を見込むが、思惑通りに実行できるかどうかは不透明だ。

 第1原発では核燃料が溶け落ちる炉心溶融(メルトダウン)を起こした1~3号機原子炉建屋の破損部から地下水や雨水が流入し、セシウムやストロンチウムなどの放射性物質を含んだ汚染水が発生している。放射性物質を吸着材や薬剤により水から取り除く多核種除去設備(ALPS)で浄化処理したのが処理水だ。

 ただし、放射性物質トリチウムは取り除けないためタンクで保管。処理した後も安全に関する基準を満たしていない水は「処理途上水」と呼び、処理水と同様にタンクにためている。

 東電によると保管量は2月9日時点で約132万6000トンに上り、東京ドームの容積(124万立方メートル)より大きい。タンク容量の98%に達し、政府と東電は夏から秋ごろには満杯になると見込んでいる。

 処理水に含まれるトリチウムは水素の仲間で、酸素と結びつくと、水とほとんど同じ性質のトリチウム水となり、分離は難しい。このため東電は処理水を海に流す際、トリチウム濃度が1リットル当たり1500ベクレル(国の基準の40分の1)を下回るまで海水で薄める計画だ。この基準は世界保健機関(WHO)の飲料水水質ガイドライン(同1万ベクレル)の7分の1ほどとなっている。

 東電の放出計画によると、処理水は測定・確認用タンクから海側に設けた立て坑に運ばれる。立て坑内にある大型水槽で大量の海水による希釈や濃度の測定を経て、新設する海底トンネルを通じて沖合約1キロで流す。

処理水の発生と海洋放出の流れ

 海外で大気、海洋放出例

 トリチウムは国内外の原発や原子力関連施設からも年間を通じて海や大気中に放出されている。政府と東電は福島第1原発の処理水を放出する場合、年間22兆ベクレル未満とする方針だが、海外には年間1京(1万兆)ベクレルを超えるトリチウムが海に放出された実績もある。

 経済産業省によると、1京を超えるのはフランスのラ・アーグ再処理施設で、2018年に1京1400兆ベクレルを放出。処理水放出の上限と比べると500倍以上のトリチウム量となる。アジアでは、19年に中国の泰山第3原発が124兆ベクレル、韓国の古里(コリ)原発が91兆ベクレルのトリチウムを流した。

 「魚体内のトリチウム、大半が短期間で排出」

 放射性物質トリチウムを含む処理水が基準値を満たして海洋放出された場合、水産資源はどうなるのか。

 福島大環境放射能研究所の高田兵衛(ひょうえ)准教授は、魚の体内に取り込まれたトリチウムの大半がごく短期間で排出されるとの研究成果を明らかにした。海洋放出による水産資源への影響が小さいことをうかがわせる内容で、近く論文にまとめて公表する。

 原発事故で大気中に放出された放射性セシウムは、魚の体内で海水の最大100倍程度に濃縮され、排出されるまでに数カ月から数年を要する。高田氏によると、これに対し、トリチウムは大半が水分子として魚の体内に入った後、数日ほどで排出されるという。高田氏は、こうした性質がどの魚種でも当てはまるとみている。過去に国内の原子力施設でトリチウムを含む排水を海洋放出した際の測定値を解析し、結論を導いた。

 東京電力が出した処理水放出後の拡散予測では、現在の海水に含まれるトリチウム濃度を上回るのは第1原発から沖合2~3キロの範囲にとどまるとしている。

 高田氏は「海中を移動することで、魚の体内のトリチウム濃度は速やかに下がる」と指摘。「東電の拡散予測を前提にすれば、福島沖の魚から新たに問題が生じる恐れは小さいのではないか。今後、測定を重ね、実証したい」と述べた。