【現場はいま・本紙記者がゆく】壊された日常は戻らない

 
原発事故の賠償に関する資料を読み、被災者として複雑な心境を口にする山内さん夫妻=楢葉町

 東京電力が福島第1原発事故から12年となるのを前に、損害賠償の新たな基準を公表した。賠償の対象が拡大されたものの、やりきれない思いが残る被災者は少なくない。「原発事故で壊された日常は完全には修復できない」。楢葉町でそば店を営む山内悟さん(68)、敬子さん(60)夫妻は複雑な心境を口にした。

 第1原発の半径20キロ圏内にある楢葉町は原発事故でほぼ全域が立ち入りを制限される警戒区域となり、その後は避難指示解除準備区域に再編された。避難指示解除から7年半がたつ町内には新たな商業施設や住宅が立ち並び、復興は着実に進む。帰還した住民は一見すると穏やかな生活を取り戻したかのようだが、山内さん夫妻は避難生活を思い返すたびに、今も胸が締め付けられる思いがする。

 原発事故後、山内さん一家は都内に避難。仕事に精を出していた悟さんは生きがいを見失いそうになり、娘は避難先の学校でいじめを受けた。敬子さんは「賠償金をもらって良かったと思ったことはない」と涙をこらえながら振り返る。

 「避難先で双葉郡から来たと言わない方がいい」。山内さん夫妻は知り合いの町民から念を押されたことが忘れられない。医療機関を受診したり、買い物をしたりしているときに「賠償金をもらっているから、たくさん買えるんだろう」と心ない言葉を投げかけられた避難者がいるからだという。悟さんは「賠償金を支払って『はい、終わり』という問題ではない。大切なものを失った」と唇をかんだ。

 今回の賠償基準では長期避難により生活基盤(ふるさと)が変容したなどとして、避難指示解除準備区域などの住民には1人当たり最大280万円が追加で支払われる見込みだ。一方、楢葉町に隣接する広野町は原発事故から約半年で解除された緊急時避難準備区域だったため、賠償額が少なく設定された。敬子さんは「道1本挟んだだけで賠償額が異なることがある。お金で人々の心が分断されてしまう」と語り、賠償の差で住民間に再びあつれきが生じかねないと心配する。

 これまで最高裁は東電の賠償責任を認めたが、国の責任については認めていない。最後に悟さんに「真の賠償とは何か」と尋ねた。「(東電の旧経営陣や国などの)責任ある立場の人間が直接被災者に謝罪することだ」。険しい表情で答える悟さんの言葉から被害者救済の難しさを改めて知った。(報道部・小山璃子記者)