農業で奮闘「一番好きな福島で」 元ウルトラ警察隊・坂浦さん

「どうせやるなら、一番好きな福島でやろう」。そう決心してから、4年になろうとしている。埼玉県から二本松市東和地域に移住し、特産の「羽山リンゴ」を栽培している坂浦穣(ゆたか)さん(47)は元警視庁警部補だ。今はウルトラ警察隊で活動するため訪れた本県に根を下ろし、果樹農家として本県農業を支えている。
「復興に寄与すると大それたことは考えていない。豊かな自然の中で仕事ができる喜びを感じつつ、農家として精進を重ねたい」。そう話す坂浦さんは、雪が残るリンゴ畑で、枝を切る剪定(せんてい)作業に黙々と励んでいる。
ウルトラ警察隊は東日本大震災後、全国各地の警察から特別出向している警察官の愛称だ。現在も避難区域のパトロールなどで活躍している。坂浦さんが本県に出向したのは2013(平成25)年だった。
県警災害対策課特別警ら隊の係長として、避難区域となった飯舘村や葛尾村でパトロール任務を担当。1年間の出向では、多くの避難者と交流した。印象に残っているのが仮設住宅にいた避難者の言葉だ。「畑ができなくなったんだ。もったいないよね」―。
避難者の話を聞く中で、「自分が農業をやってみて、『やればできる』というところを見てもらいたい」との思いが芽生え、警視庁に復帰後も気持ちが収まることはなかった。
ふと考えると、「多くの人と交流する中で、福島の人たちの生活や自然豊かな原風景にほれ込んでいた」。農業をしながらの暮らしに元々憧れていたこともあり、決意を固め、18年に農業研修制度が整っていた二本松市東和地域に移住した。
初めは栽培方法などを学ぶため、アルバイトをしながら1年にわたり農業研修の日々を送った。無事修了すると、「師匠」と呼ぶ先輩の果樹農家から紹介され、後継者がいなくなっていたリンゴ畑を借り、本格的に栽培を始めた。
「研修を終えても素人。栽培には隠れたハードルがたくさんあり、一筋縄ではいかなかった」。水路整備や除草、イノシシ対策のネット張りからのスタート。1年目は実が小さかったが、2年目の昨年、納得できるリンゴを収穫できた。
畑周辺の標高は約570メートル。寒暖の差が激しい東和地域で栽培される羽山リンゴは、果実に「蜜」が入りやすく、甘味が強いのが特長だ。「香りと甘味があってみずみずしいのが羽山リンゴ。きれいなあかね色のリンゴを作りたい」。今、その思いは強まっている。
今春からは先輩農家から声を掛けてもらい、地元産ワインの原料にもなるブドウ栽培に携わる予定だ。そして、畑には新たなリンゴの苗を植えるつもりだ。「福島で新しいことにチャレンジできる。ちょっとずつ道が開けてきた」。そう話すと穏やかな笑顔をのぞかせた。(紺野裕喜)
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【11年間の歩み】東日本大震災直後、警視庁第5機動隊の小隊長として、岩手県陸前高田市や宮城県石巻市に派遣され、救出活動に取り組んだ。
その経験から、被災者に最も寄り添う活動を求めて本県への特別出向を希望し、2013年度にウルトラ警察隊で活動した。翌年、警視庁に戻り、交通部交通総務課で勤務した。18年に退職し、本県に移住した。
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東日本大震災と東京電力福島第1原発事故から11日で11年を迎える。震災と原発事故で傷ついた古里や、復興への歩みを続ける本県に思いを寄せる人たちがいる。その人たちの現在地を取材した。
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