星降る農園、浪江のスターに 元外交官・高橋さん、移住し奔走

 
農園に植えた苗木の成長を見守る高橋さん。「浪江からこの国一番のわくわくを生み出す」と決意している

 浪江町を流れる請戸川のほとりに、星形のヒトデが空を舞う農園がある。「なみえ星降る農園」。この農園を企画した高橋大就(だいじゅ)さん(46)は、昨春に東京都から浪江町に移住した元外交官だ。「原発事故でゼロになった町から、この国一番のわくわくを生み出したい」。被災地から、福島の未来を明るく照らす"スター作物"誕生を目指している。

 傍観者でいられず

 東日本大震災が大きな転機となった。日米安保や通商問題に奔走した外務省を退職し、外資系コンサルティング会社で農業ビジネスに取り組んでいた11年前。都内で激しい揺れに襲われた。

 津波が家々をのみ込み、原発建屋が爆発する映像を前に「傍観者でいることができなかった」。すぐに被災地入りし、物資の需給調整や食産業支援に取り掛かった。岩手県の事業者と開発した洋風サバ缶「Cava(サヴァ)缶」は販売累計1千万缶を突破。被災地発の商品を次々と世に出し、荒廃から立ち上がった生産者は「ヒーロー」となった。

 一方、気掛かりだったのは原発事故の被害が続く本県沿岸だった。国道6号を車で通るたび、封鎖された町を目にし「一番難しい課題から逃げていないか」と自問した。福島で生み出された電力を享受してきた都民の一人として「人ごとではない」との思いが湧いた。

 原発事故の避難生活は、地域の人々のつながりを奪っていった。「産業復興以前に、まずはコミュニティー再生が必要だ」。都内を拠点に被災地と関わってきたが、自ら当事者となって町づくりから始めようと昨年4月、浪江町民になった。

 ヒトデで土壌改良

 農園はコミュニティー実験農場と呼ばれ、福島の食に関心を持つ全国の人々が日々訪れる。地元や東北の生産者と消費者が一緒になり、国内や東北で栽培実績の少ない野菜やフルーツなどを実験的に育てる。農園を訪れた人たちに畑にまいてもらうのがヒトデだ。岩手の漁師から譲り受けている。土壌改良と鳥獣対策に効果があり、農園の名前の由来にもなった。科学的データに基づく「安全」を担保しながら、生産者と消費者の交流で生まれる「安心」も育みたいと考えている。

 高橋さんは今春、新たな取り組みを始める。それは浪江の過去と未来をつなぐ巨大な壁画アートを町中に展示する事業だ。

 新しい町づくりが進む古里に「浪江がなくなってしまう」という複雑な思いを抱く町民も少なくない。移住後、たくさんの町民と対話を続けてきた高橋さんは「よそ者がイノベーション(新しい価値)を生み出すとき、その土地の歴史や伝統が基盤にないと意味がない。浪江の人がつくりたい町をつくり、どれだけのわくわくを一緒に生み出せるかが勝負です」と力を込める。浪江に骨をうずめる覚悟で、これからも福島と生きていくつもりだ。(渡辺晃平)