役場勤務4年目「古里、大熊に恩返し」 町外の町民にも寄り添う

 
帰還困難区域にある大熊町役場旧庁舎を訪れた泉田さん。11年前から時が止まったままの庁舎に目を見張った=大熊町下野上

 「一、十、百、千、万...。あれ、これは何桁。億だよね?」。大熊町役場に勤めて4年目の泉田夏海さん(26)は慎重に書類に目を通した。今春から出納室に配属となり、復興事業が進む町の「金庫番」として、企業などに支払う会計金額を確認していた。「億単位のお金が目の前で動いている。間違えたら大変だ」。ペン先で数字をなぞる手に、思わず力が入った。

 町によると、東日本大震災前の単年度の決算額は平均で約60億~70億円だった。震災から11年を経て、本年度の一般会計当初予算は約249億円。町の再生に必要な「復興マネー」の投入により会計規模は震災前の約4倍に膨らんだ。仕事の質や量も、震災前から大きく変わっている。

 泉田さんは、原発事故で帰還困難区域となっている町内の野上地区の出身だ。震災のあった2011年3月11日は、大熊中の3年生として卒業式に臨んでいた。避難先のいわき市で高校生活を送り、東京都内の大学を卒業。首都圏で社会人生活を送っていたある日、町に帰省して家族と墓参りをした時に、ふと感じたことがあった。「大熊はやっぱり落ち着くな」。かつて田畑が広がっていた大川原地区には、復興の最前線基地となる町役場新庁舎ができていた。働いていた職場を辞め、19年に町の臨時職員として再就職した。

 21年春に正職員となったが、着任早々から大仕事が待っていた。新型コロナウイルス対策の切り札として、全国一斉に始まったワクチン接種への対応業務だ。町民の9割が町外にいる状況で「町民が避難先で円滑に接種できるように」と、県内外の自治体との調整に追われる日々が続いた。

 ワクチン接種の1回目が本格化した昨年6月、避難先の自治体で町民の接種が後回しにされる問題が起きた。「好きで避難しているわけではないのに」。町民は涙ながらに訴えた。電話応対だったが、痛いほど気持ちが分かった。すぐに避難先の自治体に問い合わせ、対応を求めた。

 4月下旬、泉田さんは帰還困難区域にある町役場旧庁舎を訪れた。天井板は抜け落ち、机の上の書類は散乱したまま。時計の針は「2時46分」で止まっていた。泉田さんは庁舎を見て回り、先輩職員が担ってきた町政の歴史に思いを巡らせた。

 野上地区の実家は特定復興再生拠点区域にあり、間もなく避難指示が解除される。新庁舎のそばに借りた住宅から家族と一緒に帰還する予定だ。「大熊は私が15歳になるまで育ててくれた古里。家族を支えながら、町に恩返しがしたい」。りんとした表情に、決意がにじんだ。(渡辺晃平)