立ち直れる双葉郡に 「犯罪ない町 後世に残したい」

 
保護司の取り組みとともに、大学生に講義するなど精力的に活動する橋本さん

 楢葉・保護司 橋本盛一さん

 東京電力福島第1原発事故からの再生が進む古里で、犯罪や非行をした人の立ち直りを支える保護司を増やそうと奔走する日々を送る。避難生活を終え、楢葉町に戻った双葉地区保護司会長の橋本盛一さん(74)は「双葉郡は震災で人がいなくなり、荒廃した。犯罪のない明るい町を後世に残していきたい」との思いを強くしている。

 保護司は、保護観察官と協働して保護観察に当たったり、犯罪や非行をした人が社会復帰したときにスムーズに社会生活できるよう、相談に乗りながら住居や就業先を調整したりしている。非常勤の国家公務員だが、給与はなく、地域ボランティアとして活動している。

 双葉郡内では、東日本大震災と原発事故により保護司が大幅に減った。主な要因は原発事故での避難。震災前の保護司は35人だったが、今から2、3年前には15人にまで減少した。「多くの人で取り組まないと、一人の負担が大きくなってしまう」。危機感を覚えた橋本さんは町役場や知人を訪ね、適任者探しに取り組んでいる。

 橋本さんが保護司となったのは1995(平成7)年。楢葉町役場の職員だった当時、保護司を務めていた先輩から「保護司をやらないか」と言われたことがきっかけだ。

 保護司についてよく知らなかったが、1日ほど考えた後に「私にできることなら」と引き受けた。さまざまな事情がある支援対象者の対応に苦労することも多かったが、支援した人が立派に更生した姿を見ると、やりがいを感じた。

 立ち直りを支援した男性が結婚することになり、結婚式に招待され、うれしさを感じたこともある。「保護司は大変だが、自分の成長にもつながる」。橋本さんはそう思っている。

 保護司探しの地道な活動は、実を結び始めている。楢葉町に住む40代女性と60代男性が新たに保護司になる決意をしてくれた。このうち40代女性は「避難中、いろいろな人にお世話になった。自分もできることならやりたい」と話し、昨年12月に活動を始めた。双葉郡で女性保護司が誕生するのは17年ぶり。60代男性も今年6月に保護司となる予定だ。

 橋本さんは現在、保護司の役割を知ってもらうため、福島大で講師として講義を行うなど精力的に動く。「今後も協力を得ながら保護司の数を元に戻したい」と橋本さん。双葉郡の再生につながると信じ、活動を続けていく。(津村謡)

 【12年の歩み】

 福島第1原発事故により楢葉町から家族で避難した。避難では川内村をはじめ、福島市、千葉県、須賀川市、仙台市、郡山市、いわき市などを転々とした。2015年9月に楢葉町の避難指示が解除されると、同10月に町内に帰還し、生活を始めた。