ありがとう、若松の学びや 「ゆめの森」児童ら避難先に別れ

 
修了証書を手に記念写真に納まる児童生徒と教員、保護者ら=会津若松市・学び舎ゆめの森

 福島県大熊町の義務教育学校「学び舎(や)ゆめの森」は23日、避難先の会津若松市河東町の校舎で修了式を行い、子どもたちが会津で最後の授業日を迎えた。東京電力福島第1原発事故による避難を経て、4月から大熊町に戻って12年ぶりに教育活動が再開される。学び育った会津若松市から故郷へ。児童生徒は別れの寂しさと新生活への期待を胸に、歩みを進めていく。

 2011年の原発事故で大熊町の小学校2校、中学校1校は役場機能と共に会津若松市に避難。本年度に3校が統合し、ゆめの森に生まれ変わった。大熊で再出発する新年度から、義務教育学校と認定こども園が一体となった教育施設となり、26人が通う予定だ。

 現校舎で学んだのは児童生徒7人と聴講生1人の計8人。新年度から最上級生の9年生(中学3年生に相当)になる石井埜乃佳(ののか)さん(14)は「久しぶりに新しい友達が来る。友達との関わり方に不安もあるけれど、期待の方が大きい」と待ち遠しく感じている。

 「大熊で友達が増えるといいな。校舎が広いから大きな声を出してみたり、周りを走ってみたりしたい」。4年生の後藤愛琉(あいる)さん(10)が楽しみにしているのは現在建設中の新校舎だ。

 新校舎は建設工事の遅れで完成しておらず、1学期は町役場や周辺施設を間借りして授業を行う。それでも、子どもたちは建設の様子を見学するなどして新校舎への思いを強めてきた。

 石井さんと同じく新年度から最上級生になる斎藤羽菜(はな)さん(14)は「新しい場所での学業は楽しみ。環境が変わると心機一転できて、やる気が出る」と目を輝かせた。一方、生活の記憶のほとんどを占めるのは会津で、育った場所を離れる寂しさも感じる。「まだここにいたい気持ちもある」「慣れた環境から離れるのは寂しく思う」―。一緒に花を育てたり、行事を手伝ってくれたりした同市河東町の住民有志「大熊ふれんず」との思い出も強く残る。

 「大熊の良いところを少しずつ見つけていきたい」と石井さん。斎藤さんは「大熊で地域の活動に積極的に参加したい。生まれ故郷がどんなところなのか、どんどん吸収したい」と意気込む。寂しさと期待が入り交じりながら、子どもたちは新生活に踏み出していく。

 唯一の6年生に手作り「送る会」

 8人で唯一、現在6年生の箭内果音(かおん)君(12)は会津若松市に残って中学校に進学する。ゆめの森は9年制の義務教育学校のため、6年生の卒業式が行われない。このため、修了式後には子どもたち手作りの「送る会」が開かれた。

 箭内君のために児童生徒が卒業証書を手作りし、記念品と一緒に贈った。修了式で「旅立ちの決意」を披露した箭内君は「(ゆめの森で)宝物を見つけた。それは『友達』。宝物をくれてありがとう。みんなのことを忘れません」と惜別の言葉に感謝を込めた。(阿部裕樹)