【震災5年インタビュー】福島大学長・中井勝己氏 農業人材育成したい
「被災地で学びたい、被災地に行けば何か得るものがあるのではという、志の高い学生に応えられるような教育プログラムを提供したい」。福島大学長の中井勝己氏は被災地の大学として、少子高齢化や人口減が震災と原発事故で急激に進んだ課題先進県・福島で学生たちが学ぶ意義を語る。
中井氏は原発事故の後、大学や研究分野に国民から不信の目が向けられた時期にも、同大が「地元密着型の地道な支援活動で信頼を回復した」と強調。運営面で効率化を迫られる6年目以降も地域支援を継続する方針を示した。その上で、2018(平成30)年春の開設を目指す農学系学部で養成したい学生像について「総合農学をキーワードに、日本本来の農業の基本や、消費者に喜ばれる商品づくりなどを学び、本来の農業を担える人材を育成していきたい」と語った。
若者定着の仕組みを
福島大学長の中井勝己氏(64)はさまざまな地域課題への対応を迫られた本県の将来像について、若者が地元に残り各分野に定着する仕組みづくりが必要だと指摘した。(聞き手・編集局長 菅野篤)
―震災と原発事故から5年。被災地の大学として求められた役割などを振り返ってどうか。
「大学も被災した中で、大学体育館を避難所として延べ約2000人を受け入れた。先生方は自分の専門分野や地元とのつながりを含め、農地汚染や新潟県中越地震を踏まえた震災対応、仮設住宅などでの支援活動、避難住民の調査など積極的に支援活動を展開した。それが大学として福島大うつくしまふくしま未来支援センターの設置という形に発展した」
―同センターの今後の復興対応は。
「震災6年目以降は国の復興特別会計による補助金ではなく、大学の運営交付金の中での対応になる。どの部分の支援が必要か十分にらみながら、引き続き、本学でできる支援活動を継続したい」
―放射線量は低くなったが、県外の人たちの中には、福島という地名を聞いただけで不安視する人がまだいる。福島大環境放射能研究所の今後の在り方は。
「農地や土壌汚染の問題をはじめ、魚類への放射性物質の影響など多分野にわたる専門の先生方がいる。海外からも世界的な環境放射能汚染の専門家が来ている。幅広く自然環境、人に関わる分野やそれ以外の分野でも、福島のこれからの10年、20年、30年にわたり、放射性物質の影響を調査・研究し、環境放射能の動態を科学的に解明したい」
地道な情報発信が必要
―これまで東京などで震災・原発事故関連のシンポジウムを開き、3月5日には名古屋市で予定している。福島大として県外への情報発信についての考え方は。
「地元メディアは、ほぼ毎日、福島の状況を報道しているが、県外では福島のニュースはあまり報道されず、報道されてもネガティブなことばかりで、福島の現状があまり知られていない。しかし、県外でのシンポジウムの手応えとして、きちんとPRをすれば、まだ福島の問題に興味や関心をもっている人は、かなりいるとの実感がある。地道で息の長い情報発信活動をしていく必要がある」
―ただ、他県の人には「福島は自分たちと違う特殊な問題を抱えた地域」という見方もある。
「いくら除染が進んでも何らかの放射線の影響があるのではないかといった類いの漠然とした不安があり、福島は怖いところと受け止められる。その結果、福島で作られる農産物などは、できれば食べたくないという風評被害につながっているのではないか」
県産品の良さアピール
―消費者団体の首都圏調査で約2割の人が福島産の物は避けると答え、その割合がほぼ固定化しているようだ。誤解をどう解いていくべきか。
「一つ一つ客観的なデータを示して根気強く、息長くやっていくしかない。情報を受け取る人たちが自分の問題として納得していただけるよう粘り強く待つしかない。『被災地だから買ってあげます』といったことではなく、県産日本酒の金賞受賞数が3年連続で全国トップを獲得しているなどの実績をより一層発信し、『おいしいから買ってもらえる』ような方向にもっていかないといけない」
―本県は再生可能エネルギーの推進、ロボットや医療関連分野の産業集積に力を入れ、工業製品や日本酒など潜在能力も高い。本県の将来像はどうあるべきか。
「酒造アカデミーが5年後、10年後に花開いたように、人づくりは1、2年で花開く話ではない。地元で若い人たちが育ち、地元の企業や産業、農業を担う人材を育てていくことが必要。裾野を広げ、5年、10年をかけ、いい人材が地元に定着し、また後継者が育つという仕組みを、きちんとつくっていかなければならない」
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