【震災5年インタビュー】ぴあ社長・矢内廣氏 『心の穴』埋める何かを

東日本大震災と福島第1原発事故で、多くの人が大切なものを失った。ぴあ社長の矢内廣氏は、5年たっても、心にぽっかり穴が空いたままの人が多いとみる。「その穴を埋めるのは難しい。ひょっとしたら埋まらないかもしれない。でも人は、心の穴を埋める何かが欲しい。出会いだったり癒やし、共感かもしれない」と言葉を絞り出す。
矢内氏は、震災直後から一般社団法人チームスマイルをつくり、自身の古里でもある東北の応援活動を続ける。エンターテインメントによる「心の復興」の拠点にしようと東京、いわき、釜石(岩手県)にPIT(ピット)(ホール)をオープンさせ、3月11日には仙台市にもできる。「支援する、される関係ではだめだ。劇場は皆が思うように使ってほしい。僕たちは皆を応援しに、逆境でも夢がかなうことを伝えに行きたい」
逆境でも夢はかなう
いわき市などにPIT(ピット)(ホール)を展開するチームスマイルの代表理事として、矢内廣氏(66)は「子どもたちに、逆境でも夢はかなうのだと伝えたい」と話す。(聞き手・編集局次長 小野広司)
「心の復興」考える段階
―震災から5年間、古里でもある被災地を見つめてきた。
「物理的には、だんだんと整いつつある。しかし、街(の機能)が、コミュニティーが成立していない。そういう状況が日常化し、人の心の中に穴が空いた状態が常態化してしまっている」
―厳しい状況下で人々が癒やされてきたのは歌や音楽だった。
「震災直後、いろいろなアーティストが被災地へ応援に入ったが、被災者は応援を受け止める余裕があったわけではなかった。だが、衣食住がそれなりに足りて、だんだん『心に空いた穴をどうやって埋めるか』を考える『心の復興』、エンターテインメントが意味を持つ段階に来ていると思う」
―「心の穴を埋める」とは。
「簡単な答えはない。心の穴は元に戻せるものではない。しかし人は穴を埋める何らかのものが欲しいのだと思う。人との出会いやコミュニケーション、癒やし、共感。そういう行為を試みるしかない」
―チームスマイルを設立しPITをいわきなど東北と東京に造っている。
「一企業では限界があり、エンターテインメント業界が一緒に行動できる『しつらえ(仕組み)』をつくりたいと一般社団法人として設立した。個人的には、いわき市の生まれ育ちなので、当時東京にいた自分が故郷のため、何かやれることはないのかと考えた」
―支援活動の継続性、経済性を重視しているというが。
「復興は長期戦。時間をかけてやることが必要だ。しかし赤字が続けば、いくらいいことをしても継続できない。チームスマイルは、東京といわき、釜石、仙台の4カ所にホールを造っているが、いわきと釜石は、収容人員が多くないので赤字は分かっている。仙台は1200人収容で収支とんとん。そこで、3100人入る東京・豊洲PITの収益で東北の赤字分を埋めるやり方を考えた」
―地元の人たちにPITをどう活用してほしいか。
「復興支援のイベントだけでなく、地元の人たちが、自分たちで催しや活動をやりたいと考えたとき『PITがあるじゃないか』『PITでやれるはずだ』と思って集まる、そんな地元に根ざした場所になればいいと思う。そして結果的に復興のシンボル的な役割を果たしていければ」
立ち上がる人の支えに
―PITの存在が、被災者の自立にもつながるといい。
「支援する側とされる側、という関係が続く限り、本当の意味で復興は終わらない。自分の両足で立ち上がろうとする人たちを(被災地以外の)私たちが、どれだけ支えられるか―という関係をつくりたい。そのため『"わたしの夢"応援プロジェクト』を3月11日の仙台PITのオープン後開始する。東京を中心に活動する著名人ら、登録してくれた『東北PIT応援団』が、いわきなどを訪れ、人々と話したりワークショップを開いたりし、地元の人たちが立ち上がろうという気持ちを応援していく。例えばマラソンの五輪メダリスト有森裕子さんは、トップを目指すため普通の人では考えられない努力をしてきた。そんな話を特に子どもたちに聞いてほしい。被災地で子どもたちは『夢なんて実現できないじゃないか』というふうになっている。しかし『逆境でも、夢を持って進めば実現できるんだ』ということを伝えたい」
―若い人たちにメッセージを。
「被災地の若者は『人生で本当に大切なことは何か』『お金も大切だが、本当にそれだけなのか』という問いを突きつけられていると思う。だが、それを後ろ向きに捉えるのではなく、自分の中で一番大切なものを見つめ直すきっかけ、チャンスにしてほしい」
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