異例の緊急払い戻し対応 震災10年、東邦銀行・北村会長が回顧

 
「震災の経験を語り継ぎ、次世代にバトンタッチしたい」と語る北村氏

 通帳や印鑑が手元にない被災者に緊急で1日10万円を払い戻し、顧客からの借入金返済は一時停止した。東日本大震災直後の混乱のさなか、被災者救済のため特別措置を取った東邦銀行。頭取として陣頭指揮を執っていた現会長の北村清士氏(73)は「異例の対応だった」と当時を回顧する。

 2011(平成23)年3月11日は午後に人事異動の内示があり、普段は沿岸部で渉外活動をしている行員も支店に戻っていたため、幸い行員に犠牲者が出なかった。一方、多くの店舗が地震による停電やガラス、シャッターの破損で警備不能に。支店長らが自主的に泊まり込んで現金を守った。

 震災直後はさまざまな課題に直面し、迅速な判断が迫られた。福島市の本店に対策本部を開設し、情報伝達には1年前に導入したばかりだったテレビ会議システムを活用。北村氏はガソリンや生活必需品を求める被災者の行動を念頭に「こうした事態には現金が必要になる」と考え、まずATM(現金自動預払機)への十分な現金の補給を指示するとともに、日銀福島支店に現金供給を要請した。

 翌12日の土曜、13日の日曜も営業を続けた。相馬支店には被災者が押し寄せ、津波で通帳や印鑑などを失った顧客もいた。支店は全ての通信手段が断絶し、口座の残高も確認できない「陸の孤島」。そんな中、行員は会話のやり取りなどで本人確認を行い、緊急で10万円を払い戻した。

 震災直後の緊急払い戻しは県内8店舗で実施し、2日間で508件の利用があった。オンライン復旧時に残高以上の支払いがあったことも判明したが、4月に全額返済が確認された。北村氏は「『借りたものは返す』という県民の誠実さに感動した」と振り返る。

 14日以降は顧客からの借入金の返済について、一時停止の申し出を全て受諾。返済が遅れている顧客への督促行為も取りやめた。

 震災対応には反省と教訓もある。当時の事業継続計画(BCP)は原発事故を想定しておらず、結果的に最大29店舗が臨時休業を強いられたからだ。北村氏は「机の上で考えた計画と現実に起きた状況に隔たりがあった」と話す。このため、震災対応を時系列で記録にまとめ、これを踏まえてBCPを見直した。

 あの日から10年がたち、当時を知らない若手行員が増えてきた。北村氏は「行員が自ら考えて動いてくれたおかげで震災を乗り切れた。この経験を語り継ぎ、次世代にバトンタッチしたい」と力を込めた。