筋の通った女性になって...孫娘に託した一冊、72歳祖母の思い届ける

 
福島市の冨田房子さん

 「今まで生きてきて疑問に思ったことがずばり書かれていた」。福島民友新聞の投書欄「読者の窓」に昨年6月、本紙で紹介した本「女の子はどう生きるか 教えて、上野先生!」(岩波ジュニア新書)の感想が載った。著者は社会学者の上野千鶴子さんだ。投書した女性は、この本を女の子の孫7人にプレゼントした。「女性だから」と差別を受けることなく、将来強く自由に羽ばたけるようにと願いを込めて。

 「女の子はどう生きるか 教えて、上野先生!」に共感

 この本の紹介は昨年3月の「国際女性デー」に合わせて、本紙の中学生向けページ「Doまなぶん」に登場した。10代の女の子たちの「理系は男子が目指すもの?」「介護するのは私ですか?」「女性の大臣も議員も少なくないですか?」などの問いに、ジェンダー研究者の上野さんが明快に答えていく内容だ。

 記事をきっかけにこの本を読んだ福島市の冨田房子さん(72)は、上野さんの答えの数々に「とても共感した」と話す。これまで自分が感じてきた世の中への違和感の理由が、よく分かったからだ。

 自身は夫の親と一緒に暮らし、子育てと家族の世話を担ってきた。夫は「家族になって一緒に暮らすのだから、家のことは一緒にやるのが当然。やれることをお互いにやらなければ世の中が回らない」という考えの持ち主で、家事や育児に一緒に取り組むことができた。

 しかし周囲を見渡すと、「女性だから」という理由で役割を決めつけられ、息苦しさを感じている人たちがいつもいた。夫の親の介護を10年以上任され大変な思いをしている人たち、子どもが巣立ち夫が退職した後でも家事を全て一人でしている人など。だから、この本の「家の中でモヤモヤするのはなぜ?」の章が印象に残った。「働いている女性は不平等をもっと感じているはず」とも思う。

 高校卒業後に働いていた20歳の頃、車同士の事故の際に相手の男性らから「女のくせに、黙っていろ」と怒鳴りつけられた。「正しいことを説明しているのに女性だから通らない」と、頭にきた。なぜ、悔しい。長い年月の中で忘れていた数々の不条理に対する思いが、本を読み、よみがえった。

 昔と比べ、女性を取り巻く状況は少しずつ良くなってきているとは感じている。「これからもセクハラなどはなくならないでしょう。でも今は、女性が声を出すようになった。意見を言うこと、声を出すことが大切で、そうしなければ世の中は変わらない。もっと女性は言いたいことを言った方がいい」と、もっと女性が社会で活躍することを期待している。

 孫たちには自分の意見をしっかり言える女性になってほしいと願っている。投書はこう締めくくった。「女の子にとって何が大切で何を信じていいかよく理解できる。孫たちには筋の通った女性になってほしい」

 孫娘「好きなことしていい、と気付けた」

 祖母から上野さんの本を受け取った孫たちは、どう感じたのか。7人のうち3人に話を聞いた。

 孫の一人、中学1年の冨田楓夏(ふうか)さん(桑折町)は「自分でも『おかしいな』と思っていたことが、この本を読んで分かり『そうなんだ!』と共感しました」と話す。

 質問「生徒会長はなぜ男子だけ?」を読んで「私も『女の子もやりたい人がいるのに』と、感じていた」という。

 中学3年の鈴木碧海(あおい)さん(東京都)は「自分は男女の不平等を感じたことがなかったので、日本の男女平等のランキングが低いことに驚いた。実際の社会ではこういうことがあるということが分かった」と話す。

 碧海さんの妹の汐音(しおん)さん(中学1年)は「疑問に思っていたことへの回答が載っていて、生き方の参考書みたいな感じで読んだ」と振り返る。

 楓夏さんはこの本を読んだ後、「自分でも『女の子はこうしなきゃいけないのかな?』という気持ちがあったけれど、本を読んで好きなことをしていい、ということに気付くことができた」という。

 汐音さんは「祖母は、女子と男子のことでおかしいと思うことがあるかもしれないが、流されずに生きなさいと伝えたかったのだろう」と感じている。

 碧海さんも「『女性だからできない』と諦めることなく、自分の意見をためらわず言う大人になりたい」と祖母からのメッセージをしっかりと受け止めていた。

 上の世代は下の世代に責任がある 著者・上野千鶴子さん

 「女の子はどう生きるか 教えて、上野先生!」の著者で、社会学博士、東大名誉教授の上野千鶴子さんに、今回の祖母が本に託した孫へのメッセージや、女性の生き方などについて聞いた。

 生きた歴史を学ぶ

 ―孫娘に「筋の通った女性になってほしい」と本を贈った祖母の行動をどう見るか。
 「すごくいいと思う。この本には、東大を目指す孫娘に『もうお嫁に行けない』と言う祖母が出てくるが、普通、このように祖母は娘や孫を抑圧する側に回ってきた。娘を手放さず、結婚しても近くに住まわせる、など。これらは娘のためと言いながら、実は自分のため、親のエゴイズムだ。それに比べ、今回のおばあちゃんは先進的で開明的だ」

 ―世代の隔たりがあるからこそ伝えられることもあるのか?
 「女子短大で教えていた時に、祖母のライフヒストリー(人生の歴史)を書く課題を学生に出したことがある。祖母と孫は一世代挟んで距離感があるため、親に聞けないことを聞けるし、子に言えないことを言える。福島の子たちも祖母のライフヒストリーを聞きに行ったら、非常に大きな世代の差を感じるだろう。昔は女の子は上級学校に行かせてもらえなかったとか、結婚相手も自分で選べなかった、などということが、しみじみ分かるはず。家族の歴史の中にある女性差別が分かるので、他人ごとではなくなる。生きた歴史を祖母から聞くと、昔と今で変わったことと、昔のままで変わらないことの、両方を感じることができるだろう」

 ―福島県は若い女性の流出と人口減が課題だ。
 「私は石川県の出身で、(『わきまえない女性』発言の)森喜朗さんと出身校が同じ。『こんなところ出て行ってやる』と出て、帰らなかった。福島もそういうところなのではないのか。長男を残して、娘が出て行く。残った男性は結婚相手が見つからず子どもが生まれない、そして人口が減少していく。これは地方ではごく一般的。女性にとってその土地に魅力がないということだ」

 ―出て行く女性が悪いわけではない。
 「人は魅力的なところに移動するもの。でも出て行くに出て行けない人がたくさんいる。そういう人たちが自分の足元の地域を変えてきた。今、セクハラがこれだけ問題になってきたのは、女性が仕事を辞められず、職場を去らなくなったから。かつての女性にとっては仕事は腰掛けで、職場で嫌な思いをしたらさっさと辞めた。しかし女性が職場を去らなくなると、自分の居場所を良くしようと考える。今回のおばあちゃんが感じたように、上の世代は下の世代に責任がある。職場で横行してきた困った慣行やセクハラを、女の人たちが一つずつ止めさせてきた。ノーを言う女、わきまえない女が世の中を変えてきた。福島にはわきまえる女性が多いのだろうか」

 魅力がある地域に

 ―福島県は四年制大学進学率に男女差がある。
 「それは親が、教育投資に男女の差をつけているから。だから娘一人の力ではどうにもならない。日本は高等教育費における親の私的負担が非常に重いので、息子には教育投資をするが、娘にはしないというのが進学率に露骨に表れる」

 ―その考え方をどうやって変えていけばよいか。
 「変化しない地域は若い女性に見捨てられていく。今、少子化で危機感を覚えた過疎地が女性を呼び戻そうと頑張っているが、女性に魅力がある地域でなければ帰ってこない。女性に魅力がある場所というのは、まずちゃんとした働く場があるということと、安心して子どもを産み育てる環境があること。それらがあったら帰ってくるだろう。行政や政策が変われば状況は変化する。女性は嫌なところから逃げればいいし、女性に逃げられたくなかったら、行政はそれ相応のことをすればいい。地域を変えていくのは大人の責任。若い女性に逃げられない社会をつくってほしい」

 出版まで10年「執念の産物」

 「女の子はどう生きるか 教えて、上野先生!」は、10代の女の子と上野さんの質疑形式の本。「学校で、なぜ女子は男子の次?」「家のなかでモヤモヤするのはなぜ?」「リア充になるってけっこうたいへん?!」「社会を変えるには?」の4章構成で、質問を通し、女性が生きる社会の変遷と、今後どう変わっていくかの展望が示されている。

 巻末には東京大の入学式で上野さんが行ったスピーチの全文も収録。編集を担当した岩波書店の山下真智子さんによると、出版の10年前から、上野さんに10代の女の子向けの本の執筆を依頼していたという。山下さん自身が「女性ならこうすべき」「女の子らしく」と言われ「モヤモヤ」した経験が、今も社会に残る現実を目の当たりにし、その状況を変えていこうと考えたことが依頼の理由だ。上野さんは岩波書店のPR誌「図書」2021年2月号で「本書は山下さんの執念の産物と言ってよい」と紹介している。

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「女の子はどう生きるか 教えて、上野先生!」上野千鶴子著(岩波ジュニア新書、税別880円)