【参院選コラム】いつになったら「1人1票」(上) アメリカの判決きっかけ、選挙無効訴訟続く

 
 米ワシントンの連邦最高裁。正面入り口には『法の下の平等な正義(EQUAL JUSTICE UNDER LAW)』と刻まれている=2012年6月

 米テネシー州議会は1901年以降、選挙区を変更せず、60年には、選挙区間の人口格差、いわゆる「1票の格差」が10倍に達した。同州の都市部に住むベイカーさんの1票は、農村部で暮らす有権者の10分の1の価値しかなく、ベイカーさんは「法の平等な保護」を定めた合衆国憲法修正14条(平等保護条項)に反するとして提訴した。

 「裁判所は政治の茂みに立ち入るべきではない」として、連邦と州議会の選挙区画定を司法審査の対象外としてきた米連邦最高裁が62年3月、ベイカー事件の判決で、選挙区に関する問題は「司法判断に適合する」と態度を一転させた。その後、裁判所は「茂み」に深く立ち入り、連邦下院と州の議会は可能な限り平等な選挙区とする「one person one vote rule(1人1票原則)」が確立していく。

 ▽格差4倍の参院選、司法修習生が提訴

 このベイカー事件の判決は、日本にも影響を与える。62年7月3日、東京地裁で司法試験合格者が受ける実務研修(司法修習)中の越山康さんは、裁判官から「先日見せたニューズウイークの記事と(2日前に投開票された)今回の参院選の結果を照らし合わせてどう思うかね」と問われた。ニューズウイークの記事はベーカー事件の判決について、公立学校の白人、黒人の別学を憲法違反とした判決に続く画期的な出来事と伝える内容で、同年の参院選は選挙区間で1票の価値に最大4・09倍の格差があった。

 越山さんは裁判官の問いに即座に答えることができなかったが、投票価値の格差は代表民主制の根幹に直接触れる重大な憲法問題と直感した。翌日以降、ベイカー事件をはじめ、この問題に関する米連邦最高裁の判決や日本の国政選挙の定数配分などを調べるうち、4倍に上る参院選の1票の格差は「法の下の平等」を保障する日本国憲法14条1項に反すると確信する。

 言葉は少し違うものの、日本国憲法14条1項は、合衆国憲法修正14条の平等保護条項と同趣旨を定めている。越山さんが東京の選挙区の有権者として、選挙無効を求める訴訟を東京高裁に起こしたのは、裁判長の質問からわずか半月余りの7月19日だった(選挙無効訴訟の一審は高裁)。1票の格差を巡る日本の裁判は、ここから始まった。質問した裁判長に提訴を報告すると、あきれた顔をしていたという。

 東京高裁で請求を棄却された越山さんは上告し、最高裁で口頭弁論に立ったときは弁護士となっていた。最高裁は64年2月の判決で、憲法は両院議員の定数や選挙区、投票方法などは法律で定めるとしているので、選挙に関する事項は原則として国会の裁量権に任せていると解釈。選挙制度は人口比例が望ましいが、人口比例以外の要素を考慮することも許されるなどとして、4・09倍でも「合憲」と判断、投票価値の格差を是正しようとはしなかった。

 ▽衆院4・99倍、ようやく違憲判断

 「日本の最高裁は代表民主制に対する認識が非常に時代遅れで、判決の内容も(1人1票へ向かった)米連邦最高裁と比べてあまりにも見劣りする」。越山さんは大きなショックを受け、この最高裁判決を何とかして変更させなければならないという思いが募った。自ら原告となったり、弁護士として原告の代理人を務めたりして、1票の格差を理由に国政選挙の無効を求める訴訟を続け、賛同して原告となる人や支援する団体も出てきた。何より都市部への人口移動はとどまるところを知らず、最高裁がようやく動くのは、最大格差が4・99倍に達した72年の衆院選に対する76年4月の判決だった。

 最高裁はまず「憲法は投票価値の平等を要求している」との解釈を明確に示し、1票の格差に対する憲法判断の枠組みを次のように定めた。

 (1)人口比例以外の要素を考慮しても、投票価値の不平等が合理的とは到底考えられない程度に達したときは、国会の裁量は限界を超え、憲法の要求に反する状態(違憲状態)と言わざるを得ない。

 (2)ただ制定時に合憲の法律(公選法)がその後の事情の変化(人口移動)で合憲性を欠いた場合なので、直ちに「違憲」と断じるのではなく、国会が合理的期間内に是正しなかったときに「違憲」と認定する。

 (3)選挙を無効とした選挙区は議員不在で法改正が行われるなど、憲法の予定していない結果が生じるので「事情判決の法理」(行政処分は違法だが、取り消すと公の利益に著しい障害が生じ、公共の福祉に適合しないときは、取り消さないことができる)を適用し、選挙は無効としない。

 この枠組みに従って、72年の衆院選を検討すると、4・99倍は(1)の違憲状態であり、公選法は5年ごとの国勢調査の結果で区割りなどを更正すると規定しているのに8年余りも改正されず、(2)の合理的期間内の是正はなかったとして、最高裁は「違憲」と認定。判決の主文で「選挙は違法」と宣言する一方、(3)の事情判決の法理を適用して選挙は無効とせず、越山さんたちの請求を棄却した。

 衆院は93年の選挙まで、一つの選挙区で2〜6人当選する中選挙区制を採用していた。与党の自民党は人口に比べて定数が多い地方の選挙区で強く、投票価値の平等に向けた改革は進まなかった。人口集中が続く都市部の民意が国会に十分反映されないという憲法上の問題が抜き差しならない状態となり、最高裁がこの問題に初めて切り込んだ形だ。

 越山さんは予定していた記者会見の時間を繰り延べ、最高裁判決の内容を精査した。事情判決の法理を持ち出し、違憲だが無効とはしないという論理が難解だったからだ。日弁連の機関誌への寄稿では、違憲判決について「悲願は達成された」としつつ、投票価値の不平等がどの程度に達すれば違憲なのか、それを是正する法改正をどれだけの期間放置すれば違憲なのかが明示されていないと指摘している。1人1票を求める越山さんたちの闘いはまだまだ続く。(下)へ。(共同通信編集委員兼論説委員=竹田昌弘、各判決書、日弁連機関誌「自由と正義」1980年7月号、別冊ジュリスト「アメリカ法判例百選」など参照)