【清流あらかわフォーカス<9>】活路、温泉だけじゃない

 

バイナリー発電所山に囲まれた荒川上流のほとりで、もうもうと白い蒸気を立ち上げるバイナリー発電所(石井裕貴撮影)

 メカニカルな施設から、もうもうと白い蒸気の柱が絶えず立ち上る。ここは福島市の土湯温泉へと流れる源泉地帯。生き物のように躍動する蒸気、機関車のような建造物がそびえ立つ。

 施設の正体は温泉の熱を使ったバイナリー発電所だ。地元土湯で事業に取り組む元気アップつちゆ社長の加藤貴之さん(46)は「荒川をはじめ磐梯朝日国立公園の自然の恵みを最大限に活用しながら魅力ある土湯にしていく」と力を込める。

 多くの旅人を招き入れてきた土湯温泉だが、東日本大震災と東京電力福島第1原発事故の影響で観光客は激減。旅館の廃業も相次いだ。将来に危機感を持った地元住民が注目したのは、古来からの地域資源だ。荒川の渓谷にある土湯温泉の16号源泉からは130~150度の湯が湧き出ており、黒沢沼の湧水で加水し約65度まで温度を下げ、毎分1500リットルの温泉を旅館や家庭に供給している。バイナリー発電は地熱発電の一種で、余った温泉熱を利用した発電は2015(平成27)年11月から始まった。

 新たな観光資源も生まれた。発電に伴って出る湯を使いエビの養殖を始めた。温泉街の空き店舗は釣り堀に生まれ変わった。養殖しているのは東南アジア原産の淡水エビ「オニテナガエビ」で、別名は「アジアンブルーロブスター」。高級食材として知られるが、日本では水温管理に多額の費用がかかるなど養殖は進んでおらず、そこに商機を見いだす。

 地熱という再生可能エネルギーを使って発電し、エビの養殖に利用。見学者受け入れで宿泊客を増やすという好循環を生み出す。土湯温泉観光協会長も務める加藤さんは「震災の次はコロナとの闘いだ。どんな状況でも攻めの姿勢でいく」。源泉よりも熱い気概で挑み続ける。(石井裕貴)

バイナリー発電所の地図
 
 バイナリー発電 水より沸点が低い化学物質「ノルマルペンタン」を土湯の源泉で沸騰させ、その蒸気でタービンを回して発電する。出力は400キロワット。年間発電量は一般家庭約800世帯に相当する。電力は電力会社に売電している。温度が低い蒸気でも発電でき、天候や季節に左右されず安定的に発電できるのが特徴だ。使用した蒸気と熱水はノルマルペンタンに触れることなく温泉に利用される。施設見学には事前の予約が必要。


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