【清流あらかわフォーカス<10>】川との歩み、全て恵みに

 
土湯温泉街荒川に抱かれた土湯温泉街。街灯に照らされた雪が夕闇に映える(石井裕貴撮影)

 土湯街道の宿場として古くから親しまれてきた温泉郷は、今も変わらず幸せな時間を人々に与え続けている。温泉街の中心には荒川が流れており、自然と調和した景観が土湯温泉の魅力を引き出している。「荒川は土湯で生きる人々にとって、なくてはならない存在です。川があるからこそ動物や植物も生きられ、安心して心を休めることができる」。土湯温泉観光協会専務理事の渡辺樹璃案(じゅりあん)さん(34)=山根屋旅館=が土湯温泉と荒川の関わりを教えてくれた。

 「土湯」の語源は「突き湯」と呼ばれた名湯だ。その始まりは1000年以上も前にさかのぼる。伝説の一つに、荒川にまつわる神話がある。国造りの神大穴貴命(おおあなむちのみこと)が手にしていたほこで荒川のほとりを突くと、そこからこんこんと湯が湧いたという。それから「突き湯」となった。

 文献に「土湯」の表記は鎌倉時代の歴史書「吾妻鏡」で登場した。奈良~平安時代には山岳信仰修験者の宿坊の町として、江戸時代には宿場町として栄えた。現在も源泉の一つである温泉街から約2キロの荒川の源流沿いからは絶えず温泉が湧き続けている。

 度重なる荒川の氾濫など苦難の歴史もあった。土湯温泉観光協会長を務める加藤貴之さん(46)は、土湯大火での温泉街の焼失や、東日本大震災と東京電力福島第1原発事故による温泉旅館の廃業などの危機を振り返りながら「災害のたびに多くを失ったが、土湯の人々は逆境をはね返してきた。荒川被害からの復旧は、良い意味で土湯の景観に影響を与えた。全てが恵みにつながっている」と前向きにとらえる。

 夕刻の温泉街は旅館や街灯に明かりがつき、騒がしくもなく、程よく活気づいていく。夕闇に浮かぶ雪化粧した温泉街に耳を澄ませば、楽しそうな宴(うたげ)が聞こえてくる。(石井裕貴)

土湯温泉街の地図
 土湯温泉 JR福島駅から車で約40分にある県都の西の奥座敷。磐梯朝日国立公園内にあり、土湯温泉と土湯峠温泉郷の二つのエリアに分かれる。最大の湯量を誇る共同源泉からは150度前後の温泉蒸気と熱水が湧き上がる。源泉に湧水を加え、毎分1500リットルの湯を旅館などに供給している。泉質は無色透明の単純温泉で弱アルカリ性。このほか多くの旅館が独自の源泉を持っており、硫黄泉など多彩な泉質を楽しめる。

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