【エールのB面】制作統括・土屋勝裕さん(上) 葛藤越え希望の曲へ

 
つちや・かつひろ 1970年、東京都生まれ。94年にNHK入局。朝ドラ「ひまわり」で初演出し数多くのドラマ制作に関わる。大河ドラマでは「利家とまつ」の演出、「龍馬伝」のプロデューサー、「花燃ゆ」の制作統括を務めた。現在は制作局チーフ・プロデューサー。

 大衆を魅了する歌謡曲、マーチ、応援歌など多彩な才能を持ち、昭和の音楽史を代表する福島市出身の作曲家・古関裕而と妻金子(きんこ)の生涯をモデルにしたNHK連続テレビ小説「エール」(朝ドラ)の放送が30日、いよいよ始まる。音楽と共に歩み困難を乗り越え、ヒット曲を生み出し、人々を勇気づけていく夫婦。その姿をドラマの魅力と共に紹介したい。初回は、古関の人物像をテーマに、制作陣の責任者である制作統括の土屋勝裕さん(49)に話を聞いた。

 音楽が救いに

 「優しくて穏やかな人」(古関の長男正裕さん談)が誰しも抱く古関像。意外にも戦時中は多くの戦時歌謡を手掛けた。戦意高揚というよりも、悲壮さや望郷の念が込められた旋律が大衆の心を打って支持された。

 「昨年9月にクランクインした撮影ですが、3月中旬でほぼ半分の12週目、4月からは戦争が忍び寄ってくる頃の撮影です。古関さんがモデルとなっている作中の主人公古山裕一(窪田正孝さん)の戦時中の葛藤や、戦後の希望に満ちた曲が生まれる過程に注目していただきたい」

 古関は自身の楽曲が戦場の兵士やその家族に歌われたことを「何ともいえない複雑な気持ち」と周囲に漏らし、償いの気持ちを抱いていた。自伝「鐘よ鳴り響け」でも「兵士たちの何人が無事帰れるのかと思うと、万感胸に迫り、絶句して、ただ涙があふれた」と記し、戦時中の平和を愛する心が透けて見える。

 「軍国主義の時代、人々がつらい選択を迫られて、中には命を落としていく人もいる。音楽家も戦争に協力しなければならなかった。ドラマとしても(古関が抱いたであろう)戦時中の葛藤や戦後の贖罪(しょくざい)などの心情を掘り下げました。また、古関さんは対象を理解して作曲していることから、裕一も相手を思いやることができる役柄にしています」

 戦後の古関はラジオドラマの音楽担当を手始めに、夏の甲子園でおなじみの「栄冠は君に輝く」、戦争犠牲者を励ます「長崎の鐘」など希望に満ちた、国民に夢を与えるような曲を作っていく。

 「みんなが(古関の曲などを)歌うことで気持ちが一つになって戦争の苦しさを乗り越え、やがて古関さん自身も救われていったのではないでしょうか。ドラマでは裕一が昭和の大作曲家へと成長していく様に注目してほしいですね」

 被災地×五輪

 古関メロディーは誰もが知っているが、残念ながら全国的には古関自身の知名度は低い。にもかかわらず古関の朝ドラ化に至った理由はどうしてなのだろう。

 「まさか五輪が延期されるとは。驚いていますが...。構想段階では、まず五輪の年にふさわしく、東日本大震災10年目の視点で被災地で題材を探りました。すると前の東京五輪の入場曲『オリンピック・マーチ』を作曲した古関さんにたどり着いたんです。古関自身の知名度の低さが、逆に視聴者には新鮮に感じてもらえるのではないかとも感じました」

 ドラマの出番

 数々のドラマに関わる敏腕テレビマンの意識を変えたのは東日本大震災だった。NHKは当時、ドラマ制作が一時中断したり、被災状況を伝える特別報道番組に差し替わったりした。

 「自分にはドラマ作りしかできず、エンターテインメントは何ができるのかを考えて葛藤しました。やがて番組が通常態勢に戻ると、視聴者から『日常を感じた』との声が寄せられたんです。そこでドラマが人々に安心感を与える存在なんだと認識しました」

 新型コロナウイルスの感染拡大で閉塞(へいそく)感が漂う今。社会情勢としては戦時中や東日本大震災時と重なる部分もある。番組タイトル「エール」には、日本中に応援を届けたいという制作陣の思いが込められている。

 「エールとは思いやりのことだと思います。思いやりがあって初めて相手に『頑張れ!』という声が届くのです。視聴者が希望を感じ、明日への支えとしてもらえれば。さらに言えば、一方的な応援ではなく視聴者も応援し合う循環ができればうれしい。今こそドラマの力のみせどころだと思ってます」

 【もっと知りたい】「露営の歌」を大衆は支持

 「B面って何ですか?」。入社1年の社員から鋭く問われた。連載タイトルに付けたB面という言葉。辞書を引くと「レコードやカセットテープなどの裏面」とある。デジタル化が席巻する現代社会では死語になりつつある。

 レコード会社の販売戦略で、売れそうな曲がA面に使われた。だが販売戦略の読み違えなどにより、B面が人気になる場合があった。古関裕而の曲では1937年に大ヒットした戦時歌謡「露営の歌」がそうだ。

 朝ドラ「エール」の風俗考証を務める日大商学部の刑部芳則准教授によると、A面の「進軍の歌」が大々的に宣伝されたが、大衆はB面の「露営の歌」を支持した。レコードは戦前の流行歌の売り上げトップを記録し、出征兵士を見送る際に必ず歌われたという。

 本連載は制作陣にも焦点を当てる。出演者の陰に隠れた制作陣はレコードでいう"B面"。けれどもドラマ制作は舞台裏があってこそ成り立つ。連載タイトルにはその思いを込めた。