【エールのB面】演出・吉田照幸さん(下) イメージ裏切りたい

 

 朝ドラ「エール」は、コント番組などを手掛けた吉田照幸さん(50)らのコミカルで明るい演出が話題だ。これまでにない表現が満載で、作り手の情熱がひしひしと伝わってくる。

 吹き替えなし

 思い返せば第1話の冒頭は物語から離れ、度肝を抜かれる展開だった。古くから人間が音楽に励まされ生きてきた姿を、主演の窪田正孝さんとヒロインの二階堂ふみさんが原始人を演じ、プロローグとして描いた。

 「原始時代という強いインパクトで始まったので、驚いた視聴者もいるかもしれません(笑)。『エール』は物語の構成や音楽の使い方など新しい挑戦がふんだんにあります。朝ドラのイメージをいい意味で裏切りたいのです。その分、苦労は多く、特に吹き替えなしの歌や演奏は大変で、俳優陣や制作陣に情熱がないとできません」

 郡山市ゆかりの「GReeeeN」の主題歌が流れるタイトルバックが印象的だ。福島市の森林や教会、愛知県豊橋市の海が登場し、窪田さん演じる裕一と二階堂さん演じる音の仲むつまじい映像には飽きがこない。

 「朝ドラのタイトルバックは切り絵や人形など出演者が登場しないことも多いのですが、『エール』では実写にしました。第1話のタイトルバックは番組の最後に流す珍しい形にしたのも、登場人物がドラマに出る前からオープニングで出演するのを避けたというのが表向きの理由。正直言うと、アニメでよくある形が格好良く、前からやってみたかったのです(笑)」

 裕一は内向的な部分がかわいらしい印象の一方、ヒロイン・音は正反対。二階堂さんはどう演じているのか。

 「皆さんが思うひたむきで、前向きで、けなげな朝ドラのヒロイン像とは違います。強さや物おじしない性格は、ともすれば嫌われる要素でもあります。二階堂さんもその"あんばい"に悩まれていましたが、5週目のあたり(裕一が音にプロポーズして親子で言い合った第23話)で、少しつかめてきたと話していました。実際の金子(きんこ)さんも近い性格ですし、結局は役を信じるということに尽きると思います」

 二面性を描く

 さらに主人公と並んで存在感を見せる脇役たち。中でも話題はヒロイン・音の「歌の先生」の御手洗清太郎(古川雄大さん)だ。「先生」と呼ばれると「ミュージックティーチャーと呼びなさい」などと声を荒らげるシーンはつい笑ってしまう。

 「長期間にわたる朝ドラでは、登場人物の二面性を描くことで共感を生んでいきます。御手洗は違うキャラクターも考えたのですが、別のドラマでLGBTの方と話した際、昔は世間の理解がなくて風当たりが相当強かったと聞き、これを参考に、戦前の社会の隠された部分を明るく描いてみようと考えました。僕が脚本を書く上でイメージしたのは、モデルではないですが、美輪明宏さんのイメージです」

 熱量がすごい

 吉田さんの演出は芝居や撮影方法に「ライブ感」を求めるのが特徴だ。演出したNHKのコント番組「サラリーマンNEO」の経験が生きている。エールの撮影でも、場の流れや俳優の醸す空気を大事にして細かい指示は出さない。

 「コントは一気にカメラを回すのですが、『サラリーマン―』の時にカット撮影をしようとしたら、出演者の生瀬勝久さんに『これでは笑いはつくれない。一気に撮ってくれ』と言われました。それ以来、コント以外でも俳優の心情に任せることを大事にしています。エールは瞬時に反応する俳優ばかりで、テーク(一つのカットの1回分の撮影)を重ねるたびに違う芝居になっています。俳優の動きが決まっていないのでカメラや照明が大変だったり、芝居が盛り上がり過ぎて編集で悩んだりしますが、すごい熱量で演じてくれることがうれしいです」

 新しい表現を求め続ける制作陣と俳優陣。タイトルにある通り、視聴者にどんな応援を届けていくのか。

 「人は懸命に挑戦する姿に感動し、勇気をもらうものです。応援は安易に『頑張れ』と声を掛けるだけではありません。僕たち自身が頑張っていないと、本当の応援にならないんだと思います。僕たちは誰も見たことのない表現に挑戦を続け、毎朝皆さんにエールを送って、日本を元気づけたいと意気込んでいます」

 【もっと知りたい】手紙にハートマーク

 「エール」のモデルの福島市出身の古関裕而と妻金子。出会いのきっかけは1930(昭和5)年1月、裕而が英国の国際作曲コンクールに入選したことを伝える新聞記事だ。愛知県豊橋市出身の金子がファンレターを書き、文通による遠距離恋愛を経て同年6月1日に福島市で祝言を挙げた。

 裕而20歳、金子18歳。文通期間約3カ月で交わした手紙は100通以上。「運命」「愛する」「恋しい」。文面から浮かぶのは、芸術への情熱、理解し合える人と出会えた喜び、そして燃え上がる恋情...。恋愛の深みにはまる2人の人生は急展開した。まさに事実は"ドラマ"より奇なり。

 昨年初公開の手紙に目が留まった。ハートマークに「私の恋しきクララ・シユーマン内山金子様/作曲家ロバート・シユウマン古関勇治より」と結ぶ。ドイツのロマン派を代表する作曲家ロベルト・シューマンとピアニストの妻クララを自分たちと重ねていた。そこに90年前とは思えない普遍の青春の輝きを見た。