【エールのB面】風俗考証・刑部芳則さん(上) 中学生の頃から夢中

 
おさかべ・よしのり 1977年、東京都生まれ。中央大大学院博士後期課程修了。現在は日大商学部准教授。専攻は日本近代史。朝ドラ「エール」の風俗考証を担当。著書に「古関裕而―流行作曲家と激動の昭和」「公家たちの幕末維新」など。

 主に大正、昭和の時代を舞台に描く朝ドラ「エール」。細部にこだわった制作が特徴で、オープニングのタイトルバックには毎回「考証」の専門家の名が出てくる。全話を通して「風俗考証」を担当している刑部(おさかべ)芳則さん(42)にまず、昭和史と共に歩んだ古関裕而や古関メロディーへの思いなどを話を聞いた。

 昭和歌謡好き

 時代劇の映画や番組で欠かせないのが、題材の適否を判断する「考証」という役割。主な業務は事前にシナリオを確認したり、現場の疑問に答えることだ。

 「エールの風俗考証は、時代に適した知識が必要です。例えば、大正時代の流行色や人気の図柄、福島の街の風景や店の様子、通行人の服装など非常に細かい点を聞かれています。ドラマをより"リアル"にするため、情熱を持って取り組んでいます」

 刑部さんは日本近代史が専門で、大学では歴史学を教えている。歌謡曲とは無縁そうに見えるが、実はレコード約5000枚を保有するなど昭和歌謡史にも精通している。

 「中学生から昭和歌謡が好きで、高校生からレコードを集め始めました。古関裕而を意識したのは『露営の歌』を聞いたときで、なんて素晴らしい曲なんだと衝撃を受けました。古関といえばテレビ番組『オールスター家族対抗歌合戦』。審査委員長だった優しそうなおじいさんが、こんなに勇壮な曲を作ったのかと驚きました。中学生から古関メロディーにはまり、その人生や作品を調べてきました。希少な古関のデビュー曲『福島行進曲』のレコードを手に入れたときのうれしさは忘れていません」

 古関愛を凝縮

 昨年11月出版した「古関裕而―流行作曲家と激動の昭和」(中公新書)は大きな反響を呼んでいる。特に古関の故郷である本県での売れ行きが全国で最も多く、現在も書店のランキングトップ10に入ることがある。

 「長年、古関裕而の評伝を書きたいと願っていました。出版社の担当者から朝ドラが決まると主人公の関連本が増えると聞き、古関に愛情のない人が書くのなら、私が誰にも負けない一冊を書きたいと思いました。初稿は1カ月半で書き上げました。古関メロディーを聞いたことのない読者と、古関ファンのどちらにも楽しんでもらえるように、人間ドラマをはじめ、売れなかった時代の苦しみ、代表曲以外にも触れています」

 力をくれる曲

 古関は歌謡曲をはじめ、戦時歌謡や校歌、社歌、自治体歌、新民謡など約5000曲を作曲したとされる。

 「魅力はクラシックの格調の高さと、親しみやすさが混ざっているところでしょう。初期は民謡調で明るかったり、哀愁のある作品が見られますが、戦時中はクラシックの持ち味をいかした作品が登場します。また、力強く明るい楽曲はスポーツ音楽や校歌などに適しており、みんなで大きな声で歌える健康的なところが魅力でしょうね」

 「エール」は、控えめな古関、情熱家の妻金子(きんこ)がモデルの夫婦が二人三脚となって、戦後復興に向かう日本人の心を音楽の力で勇気づけていく物語。古関メロディーとは。

 「ひとことで表すと『応援歌』。劇中でも描かれましたが、デビュー間もなく早大応援歌『紺碧の空』を作ったことが大きいと思います。こつをつかみ、後に数多くのスポーツソングを作曲していきます。戦時歌謡は人々を励ますものでしたが、国威発揚だけで作られた曲であれば、戦後にその曲を聞きたいと思う人はいなかったでしょう。復興期の曲も人々を明るい気持ちにさせるものだったので、『エール』のタイトルはぴったりだと思います」

 【もっと知りたい】流行歌で初の大ヒット

 「エール」第10週(1~5日)はヒロイン音(二階堂ふみさん)の妊娠発覚で舞台降板や学校退学、長女出産と急展開。陰に隠れたが、主人公・裕一(窪田正孝さん)に初の大ヒット曲「船頭可愛いや」が生まれた。史実としても、古関裕而がデビュー以来初めてつかんだ栄光だ。

 1934(昭和9)年の「利根の舟唄」でコンビを組んだ古関裕而と作詞家高橋掬太郎が再び船旅をモチーフに作ったのが「船頭可愛いや」。民謡調の旋律で、当時は芸者歌手ブームだったため、芸者風の「音丸」が歌った。下駄(げた)屋の娘で、本名・永井満津子でも歌手活動をしていた。

 35年6月に発売し26万枚の大ヒット。古関がコロムビアに入社し約5年、流行歌が書けない苦しみから解放された。後に世界的プリマドンナ三浦環(劇中は柴咲コウさん演じる双浦環)が「船頭可愛いや」を気に入り、自ら歌ってレコードで出した。

 クラシック作曲家を目指していた古関にとっても喜ばしいことだった。

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