【エールのB面】福島ことば指導・相樂孝仁さん(上) 方言が仕事に

 
子ども時代の裕一役を務めた石田星空さんに福島弁を指導する相樂さん(右)

 福島が重要な舞台の一つとなっている朝ドラ「エール」で、主人公・裕一を演じる窪田正孝さんら俳優陣に福島弁(福島ことば)を指導しているのは須賀川市出身の俳優相樂孝仁(さがらこうじん)さんだ。福島編に登場する俳優陣が話す福島弁は物語をぐっと身近に感じさせ、温かみのある言葉を通して、福島の魅力を全国に発信してくれている。相樂さんに方言指導の役割や朝ドラに懸ける思いなどを聞いた。

 コントが原点

 -普段は舞台を中心に活動している相樂さんが俳優を志した理由は。
 「幼少から緊張するくせに人前に出ることが好きで、漠然と華やかな芸能界に憧れていました。生まれ育ったのは、須賀川市でも田畑に囲まれた大東(おおひがし)地区で芸能界に近づく環境ではありませんでした。高校生になって進路を考えた際、芸能関係で働こうと考え、大学進学で上京しました。ちなみに高校は弓道部で、演劇とはほど遠い状況でした。将来を模索する大学時代でしたが、3年生になると周囲の友人たちが就職活動で騒がしくなり、一番やりたいことを仕事にしようと考えた結果、幼少から憧れていた芸能の仕事を再び意識するようになりました。卒業単位をほぼ取得していたこともあって、4年生のときに演劇の専門学校に通い始め、芸能界の道に入っていきました」

 -大学卒業後に友人たちとコント集団を結成し、芸能活動を始めた。
 「東京・中野などの小さい劇場からの出発でしたが、年を重ねるごとに舞台も増え、俳優の仕事もできるようになりました。ただ、入り口がコントだったこともあり、大事にしているのは『お客さんに笑いを届ける』こと。それがやりがいにもつながっています。昨年から朝ドラ中心の生活を送ってきましたが、コロナ禍で撮影が中断し、現場に迷惑を掛けないように3月末から6月まではきちんとステイホームをしていました。お客さんの反応を直接もらえることが活力になっていたとあらためて実感しました」

 -ドラマの方言指導は演技を踏まえた指導が求められ、舞台となった地域出身の俳優が務めることが多い。方言指導を任せられた経緯は。
 「東日本大震災をテーマに、川内村など県内で全編撮影された映画『家路』(松山ケンイチさん主演)で初めて方言指導の仕事をしました。この映画を『エール』制作陣が見ていたことで任されたようです。依頼があったときはとても驚きました。実家の家族も朝ドラが大好きなので喜んでくれました」

 -俳優として標準語で話すことも多いが、上京後に福島弁とどう向き合ってきたか。
 「上京後、東京で地元の友達と話していたとき、他人にちらちら見られていると感じました。今思えば考えすぎだったのかもしれませんが、恥ずかしさを感じたのです。以降は標準語を話そうと心掛けるようになりました。芝居をしているときもセリフに感情を込めて話すと、周囲から『今のセリフなまっていたよ』と指摘されることがあります。ですが、あれほど直したかった福島弁が今は仕事になっています。上京したての自分に『将来、福島弁で朝ドラに関わるぞ』と言いたいですね(笑)」

 -朝ドラでの福島弁の指導とはどんなことをするのか。
 「まず、標準語の台本を福島弁の言葉遣いに修正することから始まります。福島弁の特徴は、音が濁ることが多く、濁音と鼻濁音(鼻に抜けて発音される濁音)の使い分けがあり、アクセントがないことなど。修正後のセリフについて、制作陣と『なまりがきつすぎないか。全国に伝わるか』などのやりとりを何回かして、ようやく台本が仕上がります。その後、出演者の"教材"とするため、福島弁を話す出演者のセリフをすべて読み上げて録音します。出演者はこの音声を聞き込んで撮影に臨むことになります。現場では収録状況を確認し、場合によって指導することが仕事です」

 自分も学ぶ場

 -裕一の子ども時代を演じた石田星空さんや、裕一の父三郎を演じた唐沢寿明さんは福島弁に苦戦したと語っている。
 「メインキャストに東北出身者はいないので、皆さん僕の指導をよく聞いて準備してくれました。それでも福島弁に苦戦する人は多く、とにかくまっすぐなイントネーションで話してくれと伝えました。特に関西出身の役者さんは福島弁の平らなイントネーションと感情を込めたセリフの両立が難しいそうです。よく『棒読みのようだったけど大丈夫かな』と聞かれました。裕一の実家の呉服店『喜多一』の番頭役を務めた菅原大吉さんは宮城県出身のため福島弁が上手で指導の際も助けられました」

 -福島弁が登場人物のキャラクターをつくる場合もある。三郎の「俺に任せとけ」というセリフだけで、優しさや人の良さがにじみ出ていた。
 「唐沢さんは福島弁を器用に操っていました。僕が録音したセリフの音声をしっかりと聞いてくれていたんです。撮影現場で、唐沢さんが『方言はその地域で生きてきた人たちの言葉で、一朝一夕でできるものではない。力を入れて準備しなければならない』と話したことを覚えています。三郎を演じる上で、福島の人に対する気持ちが感じ取れました。そのため、ほかの俳優には求めないレベルの指導を行いました。例えば『に』と『ん』の間の音や、『が』の鼻濁音と濁音の調整など。細かいですが、セリフに違和感がなくなり、すごく耳に心地よくなりました。私自身も指導しながら、俳優として勉強させてもらっています」

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 さがら・こうじん 1982年、須賀川市生まれ。郡山高、日大商学部卒。2006年、コント集団「桜田ファミィ~リィア」を結成。09年から「劇団殿様ランチ」の作品に出演。映画「決算!忠臣蔵」では赤穂浪士四十七士の一人、杉野十平次役。純朴な若者や天然キャラ、にぎやかな役、シリアスで暴力的な役まで幅広い役をこなす。朝ドラ「エール」の福島ことばの方言指導を務める。特技は弓道やけん玉、一輪車に乗っての縄跳び。37歳。