【エールのB面】古関メロディーの原点・川俣を歩く 残る青春の足跡

 

 朝ドラ「エール」の主人公・裕一のモデルとなった古関裕而が18歳から2年間暮らした川俣町。「エール」では、裕一が悩みながら、作曲家としての基礎を築く青年時代の重要な舞台として描かれている。実際、古関は銀行員の傍ら、音楽活動に没頭し国際作曲コンクールで名を上げ、妻となる金子(きんこ)との熱い文通を交わした。青春を謳歌(おうか)し、古関メロディーの原点となった川俣を歩いてみた。

 勤務中に作曲

 古関は福島商業学校(現福島商高)を卒業後の昭和3年5月、母ひさの兄、武藤茂平が頭取を務める川俣銀行に就職した。茂平を筆頭に、茂平の弟の二郎(にろう)や古関を含め行員が5人程度の小さな銀行だった。後に郡山商業銀行と合併し、現在の跡地は東邦銀行川俣支店となっている。

 「週に一度、絹・生糸の市が立つ時は銀行の中は人で埋まり、終日大変な騒ぎだった。市の日以外の町はひっそりとしていた。(暇な時は)大きな帳簿の間に五線紙をはさんで愛唱していた詩の作曲をした。休日には(武藤家の)向かいにある舘ノ山に登って作曲していた」。古関は自伝「鐘よ鳴り響け」で川俣での生活をこう振り返っている。後に妻となる金子宛ての手紙にも、舘ノ山から見た川俣の風景を描いている。

 下宿先は母ひさの生家でもある武藤家。「ちりめん屋」の屋号でみそ・しょうゆの醸造業を営み、県内でも指折りの資産家だった。川俣銀行からは歩いて10分ほどの距離にある。今は所有者が変わり、家屋は建て替えられているが、当時の板塀がそのままの姿で残っている。

 「朝ドラを契機に川俣の歴史を調べる町民が増えた。自分も武藤家のルーツが気になっている」と話すのは川俣町のムトウ文具店専務の武藤敦夫さん(46)。茂平の弟二郎の家系で、祖父光二さんが古関のいとこ。父昭一さんから古関の逸話を聞いており「古関メロディーの原点となった川俣を広く知ってほしい」と誇らしげに語る。

 文化育つ土壌

 絹織物の町として発展した川俣。江戸時代から市が立ち、明治以降はここから絹が世界に輸出され、古関が住んだ昭和初期が全盛期。当時は絹織物業者が約240軒もあった。現在は4軒ほどになったが、薄く柔らかで透明感のある「川俣シルク」の品質は今も変わらず町の重要な特産品だ。

 古関は晩年、エッセー「作曲を志す町」(1978年)で川俣についてこう回顧している。「目が覚めるとまず裏庭から鶏の声が聞こえ、向かいの鍛冶屋の槌(つち)の音が響いてくる。私にとって川俣の朝の音楽である。やがて町のあちこちから筬(おさ)(織機の部位)の音が響き出してくる。(中略)私のメロディーは福島と川俣の風光から生まれたのだ」。音に敏感な天才作曲家の耳には、のどかな町に響く織機のリズミカルな音などが「音楽」に聞こえていたようだ。思う存分作曲を楽しむ"古関青年"の姿が浮かんでくる。

 「川俣に各地の商人がさまざまな文化を持ち込んだ。昭和初期は外国人も出入りし、他にはない文化の薫りが漂う街だった」。長年、地元で営業する斎脩絹織物の社長・斎藤寛幸さん(64)はそう語る。斎藤さんは川俣で開催される国内最大級の中南米音楽祭「コスキン・エン・ハポン」の中心人物。「コスキンも根付いたように、ここには文化が育つ土壌がある。きっと古関さんの音楽にも好影響を及ぼしたはずだ」

 今でも身近に

 古関の足跡が多く残る川俣。川俣銀行跡地近くで営業する「仙台屋呉服店」には古関が実際に弾いていたオルガンが現存しており、今でも当時と同じ音色を奏でる。オルガンの持ち主は、武藤家出身で同店に嫁いだ古関のいとこの故木村ヤスさん。音楽好きのヤスさんが使っていたが、古関が下宿していた当時は武藤家に置かれていたという。「このオルガンは銀座の楽器店で製造されたもの。青年期の古関さんの音楽への情熱を感じられる」。ヤスさんの孫で店主の木村重幸さん(70)は鍵盤に触れながら思いを巡らせる。

 古関と川俣の関係は深く、戦後も「川俣音頭」「川俣中校歌」「川俣町民の歌」などを作曲した。町は「エール」をきっかけに古関ゆかりの川俣をPRしようと、町内にPRフラッグを掲げ、スタンプラリーや町内を巡るマップ作りなどを企画し積極的に事業を展開する。町産業課副主査の柴木信人さん(29)は「朝ドラを契機に訪れる観光客が増えた。大きな朝ドラ効果を実感している」と手応えをにじませる。

 「よくハーモニカを吹き、町民にも指導していた」「寺の住職の歌に曲を付けていた」「川俣銀行の終業後に仲間と夜な夜な騒いでいた」―。川俣を歩くと朝ドラさながらの古関の逸話が耳に入る。「川俣では今も古関が身近な存在。これは逸話が語り継がれてきたからでしょう。音楽に明け暮れた自由な日々があったからこそ作曲家として次のステップに進めた」と町出身で古関裕而記念館(福島市)学芸員氏家浩子さん(63)。古関の面影を探しに、川俣巡りをしてみてはどうか。