【 田村市・聖石温泉 】 家族も驚き...『突然変身』 発想変えて活用
温泉の名前は地名にちなむ。この地域にかつて「見ザル聞かザル言わザル」と彫られた大きな石があった。その名も地名の由来となった聖石(ひじりいし)。「神々しい名前だな」と思いながら、「聖石温泉」と記された看板を見つけ、車を止めた。
車から降りると不意を突かれた。ニワトリがいる。温泉地の旅館というよりは「民家」の風情が漂う見た目。不思議な感覚に陥る。戸を開けて中に入ると、温泉経営2代目の村越雄城さん(42)が迎えてくれた。
今年で開湯21年目。比較的「若い」温泉だ。成り立ちは偶然の産物だった。村越さんの父親が家を建てる際、ショベルカーで地面を掘ると、水が湧き出てきた。井戸を作って飲料水にしようと試しに口に含んでみると、鉄臭くてとても飲めたものではなかった。「じゃあ、風呂で使おう」。発想を変え、家庭用風呂の水として活用することにした。
家は自宅兼食堂。食堂の常連客から「お風呂にも入らせてほしい」と要望されることがあった。すると、湯船の評判が良い。専門機関に成分を調べてもらうと「温泉と名乗っていいですよ」と伝えられた。村越さんは「ある日突然、車庫だったところが温泉風呂になっていた。父親の行動力には驚いたよ」と振り返る。以来、温泉と食事を楽しめる場所として、地域に親しまれている。
◆近くの島楽しく
早速、湯船につからせてもらった。湯の主成分は鉄分で茶褐色。あぐらをかくと自分の足が見えないほどの濁りだ。温度は客の要望によって調整している。湯は筋肉痛や腰痛などに効能があり、村越さんは「通っている人の中には、温泉に入った後、持ってきたつえを忘れていく人もいる。それだけ体が軽くなった証拠」と笑顔で話した。
湯以外にも仕掛けがある。観光シーズンには村越さん自身が沖縄好きということもあり「沖縄フェア」を開催、沖縄の名物を販売している。「温泉で観光気分を味わってもらいたい」と村越さん。家族連れが楽しめる工夫だ。幼い子どもがニワトリを追い掛け回す光景もその一つ。取材序盤の不思議な感覚の謎が解けた気がした。
村越さんの長女芽生(めい)さん(20)が今年、若女将(おかみ)に就任。会員制交流サイト(SNS)などで温泉について発信、温泉のPRの幅が広がり、県外からの観光客も増えつつある。市の観光キャンペーンクルーを務める芽生さんは、食堂内に看板を新調した。看板にはこう記してある。
「遠くの離島もすてきですが...。近くの島も良いと思います!福の島を楽しんでください」
「皆さんが自分を孫のように思って接してくれるのがうれしい。ここを拠点に、もっと田村をアピールしていきたい」と今後を見据える芽生さん。「近くの島」にある民家風の温泉に、優しく迎え入れてくれる親戚の家のような温かさを感じた。
【メモ】奥州福島 聖石温泉=田村市船引町大倉聖石215。入浴料500円、1日利用料金1400円。月曜日定休。
≫≫≫ ほっとひと息・湯のまちの愉しみ方 ≪≪≪
【8000万年かけた自然の造形美】田村市最大の観光スポットといえば、あぶくま洞。全長約600メートルの洞内にさまざまな種類の鍾乳石があり、約8000万年かけてつくられた自然の造形美が広がる。気温が年間を通じてほぼ一定に保たれていて、夏涼しく冬暖かい。物産展やラベンダー園開園、プロ野球のパブリックビューイング、イルミネーションなどイベントも多く、県内外からの観光客の人気を集めている。
〔写真〕自然の造形美が広がる「あぶくま洞」
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