【 いわき市・松柏館 】 いわき湯本温泉で300年続く『おもてなし』

春夏秋冬、いつでも青々とした葉を茂らせる松と柏(かしわ)。いわき湯本温泉で現存する最古の宿とされる「松柏館(しょうはくかん)」は、その名の通り変わらずに約300年間、旅人の疲れを癒やしてきた。明治初期に撮影された写真と寸分変わらない門構えをくぐると、タイムスリップしたかのようなゆったりとした時間に包み込まれる。
「松柏館」の名前は、1746(延享3)年の村差出帳の中に確認できる。大正時代には全国の温泉地を取材していた小説家・田山花袋、1995年のふくしま国体では三笠宮妃殿下、2014年には映画「フラガール」に出演した蒼井優さんが訪れるなど、皇族や各界の著名人をはじめ、江戸時代から今に至るまで多くの人々に愛され続ける。
早速、湯本の街が見渡せる大浴場に通された。無色透明の湯は入った瞬間こそ少し熱いと感じるが、すぐになじむ。泉質は硫黄泉。水素イオン指数(pH)は8.0。源泉掛け流しで、加水は一切行わない。58.3度の源泉を毎日午前11時ごろから約3時間かけて湯をためることで、42.5度前後に調整する。源泉の湯温を人の感覚で調節する「職人技」も魅力の一つだ。
◆格調の高さ守る
広々とした浴槽からは、新しい住宅から古ぼけたビルまで、湯本の街並みが一望できる。「ここで長い歴史を見届けてきたのか」。目を閉じると、さまざまな時代の人が行き交う湯本の街が浮かんだ。かすかに立ち上る硫黄の香りに包まれ、身も心も温まる。
「今まで何千、何万の人が立ち寄ったのだろう」と考えつつ湯を上がると、額から汗が噴き出し、拭いても拭いても止まらない。松柏館7代目の比佐敬一郎社長(67)が「湯冷めしにくいから、『湯が体にまとわりつく』と表現する人もいるよ」と教えてくれた。
長い時を刻む松柏館だが、その歩みは決して順風満帆ではなかった。東日本大震災後は、原発事故の影響でいわき湯本温泉全体の観光交流人口は大きく落ち込み、松柏館も宿泊客の減少に悩まされた。
苦境の中、比佐社長は格調の高さを維持し、居心地の良さを最優先とする方針を貫いた。許容以上の客数は受け入れない、客室に極力立ち入らないなど、もてなしの質を第一に経営してきた。「ゆっくりできた、ほっとしたと言われるのが何よりうれしい」と話すその瞳は自信に満ちている。
幾多の歴史を思い浮かべながら、もう一度湯につかる。花袋が1918年に書いた紀行文によると、当時は炭鉱開発により湯量が乏しく、湯温もぬるかったらしい。その時も先人が何とか宿を残そうと苦労したのだろう。1世紀の時を経て、その湯は熱量に満ちている。「自分も子や孫ができたらここに連れてこよう」とあれこれ思いながら10分間の入浴。300年の歴史と比べれば取るに足らない時間だが、疲れを癒やすには十分だった。
【メモ】松柏館=いわき市常磐湯本町三函158。日帰り入浴は小学生以上600円、未就学児300円。時間は午後2時~同8時。
≫≫≫ ほっとひと息・湯のまちの愉しみ方 ≪≪≪
【フラ女将と焼き菓子共同開発】松柏館の隣には、湯本で約50年続く菓子店「菓匠しら石」がある。看板商品のみそまんや松柏館でお茶請けとして提供されている温泉まんじゅうなど、多彩な商品が並ぶ。新商品の開発にも積極的だ。6月には、いわき湯本温泉の「フラ女将(おかみ)」と作った「みはこ座トロピカル」を発売。明治30年代に芝居小屋として建設され、2013(平成25)年に取り壊された映画館「三函座」の焼き印が押された焼き菓子で、パイナップルを練り込んだフルーティーなあんが特徴だ。店主の白石晃さん(46)は「食べる方でも湯本の歴史を感じてほしい」と話す。時間は午前9時~午後6時。水曜日定休。
〔写真〕新商品「みはこ座トロピカル」(手前右)など多彩な商品が並ぶ店内
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