【 福島市・飯坂温泉 】 思わずドキッ!温泉現るおかめ&ひょっとこ

お湯の温かさがじんわりと体の芯に伝わってくる。外を眺めると摺上川の流れ。川面には仲むつまじい様子のつがいのカモが浮かび、カモと同じ目線でお湯を楽しめる。ここが源泉掛け流しの旅館「福住旅舘」だ。
飯坂温泉の開湯は約1900年前、ヤマトタケルノミコトが入浴したのが最初との伝説が残る。かつては奥州を巡った松尾芭蕉も飯坂温泉を訪ねている。そして今回訪れた福住旅舘は今年で創業から88年。人間で言えば米寿だ。旅館の底にある一枚岩を手掘りし、川床から源泉を引いたという。館内には内湯と露天風呂がある。泉質は単純温泉で、婦人病や足腰の痛みに効くとされる。
福住旅舘を語る上で欠かせないのが、シンボルマークの「おかめ」と「ひょっとこ」。それぞれの内湯の浴槽いっぱいに大きな「顔」が広がる。女性の私は当然、「おかめ」ののれんをくぐろうとしたが、殿方の文字でハッとした。男風呂だ。男風呂が「おかめ」、女風呂が「ひょっとこ」なのだ。
逆なのでは―。間違うお客さんがいてもおかしくないはず。3代目の紺野正敏社長(69)が笑顔で理由を明かしてくれた。「その方がうれしいでしょ。例えば男がおかめの風呂に入れたら、女風呂に入った気分になるかもしれないし」。いたずらっぽい紺野社長のアイデアだという。
◆川面目線を守る
その笑顔からは感じさせないが、歴史をつなぐための苦労は多かった。摺上川沿いの旅館にとって川の流れは母のような存在。この川がいつも、母のような優しい恵みをもたらしたわけではない。
浴場が川面と同じ高さのため、大雨による増水で被害を受けたこともあった。「これまで十数回、氾濫して地下の設備が浸水した。そのたびに修理費がかかり大変だった」と紺野社長。それでも「逃げるわけにはいかない」。上流に摺上川ダムができてからは、被害に遭うことはなくなったというが、旅館の売りでもある川面目線の浴場を頑固に守ってきた。
旅館を存分に楽しむなら、やはり宿泊がおすすめ。ふかふかの羽毛ふとんで眠り、翌朝は、摺上川を望むベランダで朝日を浴びる。朝食には当然、飯坂温泉名物のラジウム玉子が登場する。
芭蕉は奥の細道で「貧家でむしろを敷いて寝たが、雷雨や持病のせいであまり眠れなかった」と記している。体調が優れなかった芭蕉は温泉に入り、長旅の疲れを癒やしたようだ。芭蕉が来福して330年。飯坂電車を横目に見ながら帰路に就き、芭蕉の気持ちを想像してみた。
芭蕉にとって温泉は旅への英気を養う貴重なひとときだったはずだ。私も疲れたら、またどこからでも飛んできて羽を休めたい。心からそう思わせてくれる宿だった。
【メモ】福住旅舘=福島市飯坂町字若葉町27。日帰り入浴(午前11時~午後9時)は、大人500円、小人300円。
≫≫≫ ほっとひと息・湯のまちの愉しみ方 ≪≪≪
【県内に現存する最古の土蔵】福住旅舘から徒歩5分。江戸時代から続く豪農・豪商の旧家「旧堀切邸」は、福島市の有形文化財に指定されている。昔ながらの美しい庭園や建物を見学することができる。敷地面積は約4000平方メートルで、1880(明治13)年以前は今の2倍以上の広さだったと伝わる。県内に現存する土蔵としては最大で最古の「十間蔵」(1775年建築)など、歴史的価値の高い建物が存在する。邸内では多くのイベントが開催され、家族連れでにぎわう。今月25日までガラス風鈴の絵付けなどを体験できる。時間は午前9時~午後9時。
〔写真〕美しい庭園や建物を見ることができる旧堀切邸
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