【 会津若松市・芦ノ牧温泉(下) 】 極上体感!過ごす時間も文化財

 
渓谷の斜面に立つ仙峡閣。露天風呂から阿賀川沿いの景色が楽しめる

 少しずつシャツの袖が長くなり、秋の訪れを感じるようになってきた会津若松市。芦ノ牧温泉街の狭く急な坂道をゆっくり下っていくと、渓谷の中にひっそりたたずむ温泉宿にたどり着いた。

 「仙峡閣」は芦ノ牧温泉街のはずれにある。福島市の板倉神社にあった武道の稽古場「武徳殿」を移築した宿で、同温泉街でも珍しい自家源泉を保有している。会津乗合自動車(会津バス)の厚生施設として移築された後、1957(昭和32)年に同社直営旅館として形を変え、83年に現在の仙峡閣として営業を開始。建物の歴史的価値の高さから今年7月に国登録文化財に登録された。同温泉街唯一の「日本秘湯を守る会」会員でもある。

 旅館に入ると、まず大きな窓が視界に飛び込んでくる。窓から望む豊かな渓谷は、夜にはライトアップされる。館内のBGMはセミの鳴き声のみ。温泉街から離れているためか、車の音も聞こえず別世界にいるよう。「おばあちゃんの家にきたようだ」と思わず声に出してしまった。「野鳥やリス、ホタルも見られるし、まれに沢ガニも訪れるんです」と山田康博支配人。自然の魅力が満載だ。

 近くの沢からくみ上げている源泉はカルシウム・ナトリウム硫酸化塩化物泉で、水素イオン指数(pH)は7.2。源泉の温度は48度でほぼ加水なし。源泉そのものの質を味わえる。

 ◆クラゲのように

 さっそく内湯からいただいた。入ってみると、源泉そのままを使っているだけにやや熱め。ぐっとこらえ体が慣れると、体の芯から温まるのを感じる。内湯には同温泉街で見かけることが少ない「立ち湯」が備えられている。「水圧によるマッサージ効果もありますよ」と山田支配人がお勧めしてくれたのを思い出して入ってみた。深さは約1.1メートル。浴槽のへりに肘をつき、もたれかかるように体を預けてみる。全身が湯に包まれたような感覚。体の力を抜き足を浮かせると、ふわふわと湯を漂う。まるでクラゲになったようで、楽しくなってきた。

 露天風呂も忘れてはいけない。檜(ひのき)で造られた半円形の湯船に入ると、渓谷に囲まれた大自然のパノラマを独り占めできる。まさに極上。源泉からほのかに漂う硫黄の香りや、どこか懐かしい黄色の桶(おけ)が気分を盛り上げてくれた。

 60代以上の夫婦など、少人数で連泊していく客が多い宿。喧騒(けんそう)から離れ、自然の中でゆっくり湯を味わう贅沢(ぜいたく)が人を引きつける。山田支配人は「本来温泉はゆっくり時間をかけてお湯を楽しむところ。特別派手な演出はないが、自然豊かな景色や温泉でお客さまに喜んでもらえたら」と語る。

 「もう一回、きてくなんしょ」。夢のようなひとときの締めは、温かな言葉での見送り。後ろ髪を引かれる思いで、現実世界へと戻る坂道を進んだ。

 【メモ】仙峡閣=会津若松市大戸町上小塩遅谷3084の3。日帰り入浴は午前11時~午後2時。税込みで大人800円、小学生400円。日帰り入浴は要問い合わせ。

会津若松市・芦ノ牧温泉

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 【昭和レトロ楽しめる店】仙峡閣から国道を市街地に向かって車で走ること約10分。昭和レトロな看板がずらりと並ぶお店を発見。以前から気になっていたお店は「何出模屋(なんでもや)」。林立男代表の趣味が高じて始まった。昭和50年代の映画ポスターや、たばこ店の昔懐かしい看板、漫画や人形などが店内に所狭しと並んでいる。「ホーロー看板が好きで集めていた。今は東京や秋田など全国各地からマニアが訪れる」と林代表。買い取りも行うため店を離れることがあり、来店の際は問い合わせが必要。営業時間は午前8時~午後4時。年中無休。

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〔写真〕レトロな看板が並ぶ何出模屋