【 石川町・母畑温泉 】 ホッとする『大切な時間』 空間に気品漂う
猫の手も借りたくなる師走。少しの時間でも心と体を休めたい。石川町の中心街から車で約10分。母畑温泉へと向かった。
平安時代に奥州を訪れた源義家が、戦で負傷した馬をこの地の泉で洗うと数日で治ったことから始まったとされる温泉地。川沿いから道を曲がると、ひときわ大きな旅館が見えてくる。今回の目的地、八幡屋だ。1880(明治13)年に湯治旅館として創業した八幡屋。1983年から3度の大規模な増改築を経て今の姿に至る。
ロビーに入ってまず目を引くのは、8階まで続く吹き抜け。広々とした空間に気品が漂う。奥に進み、入浴したのは7月にオープンした別館「帰郷邸」の露天風呂。水素イオン指数(pH)は9.83のアルカリ性。透明な湯は軽やかにまとわりつき、肌がすべすべになっていく。
ほっとひと息つき、広い湯船を出入り口付近から奥へと移動していくと、屋根がなくなり視界が開けた。小高い山の斜面に「鉱物の町」石川町を象徴するペグマタイト(巨晶花こう岩)の岩がちりばめられ、滝のように水が流れる所も。里山のような風景が心を落ち着かせてくれる。
◆頭空っぽにする
入浴前に渡辺武嗣社長(39)に思いを聞いていた。「この辺りってシーンとしてるじゃないですか」。渡辺社長はほほ笑みながら言う。確かに母畑温泉には名の知られた観光地のようなにぎやかさはない。ただ、その静けさが、良さだと捉えている。「スマートフォンでいつも何かとつながっているのが当たり前の世の中です。静かな中で気持ちを落ち着かせて。一見無駄なようで大切な時間を楽しんでもらいたい」
「そろそろかな」と湯船から上がると、思っていたよりも時間がたっていた。渡辺社長が話していたことが頭をよぎる。
旅館は「心溶け合うくつろぎの宿」をテーマにしている。リピーターが多く、毎月宿泊に訪れる人もいれば、年末年始に宿泊し、チェックアウトの時に来年の予約をしていく家族も多いという。
新たな施設「帰郷邸」の名は渡辺社長の思いから付けられた。中学卒業後に渡米し、30代前半になって地元に戻った渡辺社長。「以前は『何もない所だな』と思っていたけれど戻ってきたら、ほっとして『古里があって良かったな』と思って」。自身が感じたように、来た人が古里のようにくつろげる場所にしたいと名付けた。
普段は仕事をしながら、暇さえあればスマートフォンを手に、人とつながったり、情報に触れ続けたりする日々。温泉につかり、自然の風景を楽しむことで、頭を空っぽにする「何もしない」という貴重な時間を楽しんでいたのだと気付いた。帰り道、体はとても軽かった。
【メモ】母畑温泉 八幡屋=石川町母畑字樋田75の1。入浴はプランで料金が異なる。
≫≫≫ ほっとひと息・湯のまちの愉しみ方 ≪≪≪
【「鉱物の町」示す展示品】八幡屋から約4キロの石川町立歴史民俗資料館には、巨大な水晶や長石など、同町が「鉱物の町」であることを示すさまざまな展示品が並ぶ。同町をはじめとする石川地方はペグマタイトと呼ばれる鉱物が地表に近い場所にある全国的に珍しい土地で、日本三大鉱物産地の一つに数えられる。同館によると、ペグマタイトにはガラスの原料になる石英や、陶磁器に塗る上薬の原料になる長石が多く含まれ、町では明治末期から昭和40年代ごろまで採掘が盛んに行われていた。午前9時~午後4時。毎週月曜日と年末年始は休館。
〔写真〕町産の鉱石が並ぶ資料館
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