【草野心平の詩(上)】天山文庫「誕生祭」 命あふれる森を愛して

 
三角のかやぶき屋根をつけた天山文庫。草野心平の友人で建築家の山本勝巳氏が設計し、木材の調達や建設、庭造りには村民らが協力して当たった。手前は「十三夜の池」

 草野心平という詩人は、とらえどころがない、と思う。

 カエルを詠(うた)った詩が多く、「カエルの詩人」と呼ばれる。出身地いわきの人々に言わせれば、詩「上小川村」(詩集『牡丹園』)などで故郷を詠った叙情の人であるかもしれない。

 個人的には、男声合唱組曲となった詩集「富士山」の印象が強烈だ。叙情の中で、硬くドライな言葉がきらめく。

 いずれにせよ、草野心平とその詩には親しみはあるが、実はあまり知らない。そんなことを考えながら阿武隈山地の東端にある山里、川内村へ向かった。

 木炭が100俵?

 川内村は、心平が人生の後半で深く関わった土地だ。

 心平の年譜では、彼が村を初めて訪れたのは1953(昭和28)年、50歳の年。モリアオガエルのすむ沼がある―という、村の僧侶からの手紙がきっかけだった。それから数年、心平が度々訪れ、村と詩人の仲は深まっていったらしい。そして63歳から85歳で亡くなる直前まで、毎年のように村を訪れ滞在した。この頻繁な来訪の契機となり、彼が村での住み家としたのが「天山文庫」だった。

 なんだか詩人の草庵のようだが、どんな山奥にあるのだろう。そう思っていたら、村の中心部、農協が立つ交差点の近くで「かわうち草野心平記念館 天山文庫」の看板を見つけた。

 向山という小山の緑の中に天山文庫はあった。その手前の草野心平資料館で、天山文庫管理人の志賀風夏さんに話を聞いた。志賀さんは地元出身の25歳。管理人3年目だが、母校の川内一小、川内中では心平作詞の校歌を歌い、天山文庫には遠足で来ていた。その地元っ子に「そもそも天山文庫って何ですか」とおずおずと尋ねた。

 天山文庫は、心平から寄贈された書籍類を収蔵する図書施設「心平文庫」として村が計画し66年、現在地に完成した。その発端の逸話が愉快だ。

 心平作詞の小学校歌が発表された60年、川内村は心平に名誉村民の称号を贈ることを決め、本人も「本当は断るが『名誉村民』は面白い」と承諾した。その翌年1月、村は1年目の褒賞として、村で焼いた木炭を東京・新宿の心平宅にトラックで届けた。心平も返礼に自宅に山積みにしていた蔵書の一部を贈り、木炭を積んできたトラックが本を載せ村へ帰った。

 ただ、木炭は100俵あった。燃料の大量保管には法的規制があり、それ以前に置く場所がない。「心平さんは木炭を学校など方々に配ったり、大変だったらしく『もう木炭はやめてくれ』となりました。それで村も一生分の木炭を贈る経費で、本を収める仮称『心平文庫』の建設を決めたんです」と志賀さん。

 村も心平も、少し滑稽だが粋だ。何より楽しそうだ。そう言うと志賀さんも「だから心平さんも、村に居着いたんでしょうね」と笑った。

 酒宴引き継ぐ

 資料館から坂道を上って行くと、青ガエルが足元を横切った。森にあふれる命を感じる。途中、酒樽(さかだる)を改造した二つの書庫を見学し、少し行くと木立の間に、かやぶき屋根が現れた。

 天山文庫のそう大きくない建物は結構モダンだ。60年近く前の木造建築とは思えない清明さがある。玄関を入るとすぐに小さな図書室。2階には6畳の寝室があり、ふすまに「い、ろ、は」と書いた心平の筆字が残る。

 1階の広々した居間からは、庭と森、山里の風景も見える。磨き込まれた板張りの床は、秋には紅葉を映すという。片隅の囲炉裏(いろり)と鉄瓶も気になる。志賀さんが「心平さんと村の人たちは、一緒にお酒を飲むことが多かったようです。地元のどぶろくや魚、山菜を持ち寄って」と話していた。この居間で心平は詩を書き、板画家の棟方志功ら友人らと語り合ったというが、当然酒盛りになったのだろう。

 彼らの酒宴は、毎年7月16日の文庫の落成記念日前後に開かれる「天山祭り」によって引き継がれたようだ。心平没後も、池のある文庫の庭で村内外の人々が杯を酌み交わすという。その光景を想像すると、心平の詩「誕生祭」の一節と結び付いた。生命があふれ歓喜する光景だ。

〈飲めや歌へだ。ともうじやぼじやぼじやぼじやぼのひかりの渦。/泥鰌(どぢやう)はきらつとはねあがり。/無数無数の蛍はながれもつれあふ。〉(表記は岩波文庫版「草野心平詩集」による)

 今年の天山祭りは、コロナ禍で中止になった。こんな時、心平なら、どんな詩を詠んだだろう。

天山文庫

 川内村 浜通り中部に位置し、人口約2600人。平均標高456メートルで大部分を山林が占める。モリアオガエルの生息地平伏(へぶす)沼、サラサドウダンが咲く高塚高原、イワナの生息地千翁川などの名所が知られる。特産品はそば、凍(し)み餅、乾燥シイタケなど。イワナ料理などが楽しめる「いわなの郷」、温泉施設「かわうちの湯」がある。詳しくは川内村公式ホームページか同村観光協会(電話0240・38・2346)へ。

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 アクセス 川内村へは車なら磐越道・小野インターチェンジ(IC)か船引三春ICから約40分、常磐道・常磐富岡ICから約20分。JR利用の場合は磐越東線の船引、夏井、小野新町、神俣各駅、常磐線・富岡駅それぞれの近くから川内方面への路線バスが出ている。

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 草野心平 1903(明治36)年、石城郡上小川村(現いわき市小川町)で誕生。磐城中を4年で中退後、上京。18歳で中国・広州の嶺南大に入学し、在学中詩作を始める。戦前から昭和末期まで「第百階級」「定本 蛙」「マンモスの牙」、年1冊刊行した年次詩集など多数の詩集を残し、中原中也らと創刊した「歴程」など多くの同人誌を刊行した。84年いわき市名誉市民、87年文化勲章。88年没。

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 かわうち草野心平記念館 天山文庫と草野心平資料館(阿武隈民芸館)の総称。観覧料は一般300円、学生250円、小中学生150円。月曜休館。問い合わせは同記念館(電話0240・38・2076)へ。