【風吹く芽<下>】希望の草原 茅で耕作放棄地再生

 
茨城県の男性に茅の状態などを伝える佐藤さん(右)=田村市都路町

 これは「絶望」などではない。私には「希望」に見えた―。

 田村市の美術家佐藤香さん(35)は2018年、除染の仕事で大熊町の帰還困難区域に入り、目の前に広がるススキの草原に思わず息をのんだ。

 自生するススキは茅(かや)の主な材料になる。かつて、茅葺(ぶ)き屋根の補修や茅を刈り取るアルバイトをしていた佐藤さんにとって、東京電力福島第1原発事故後、いくつもの農地が草原に変わり、全く違う「価値」を生む被災地の現実が、頭から離れなかった。

 「(被災地の)耕作放棄地は茅場に活用できる。茅の魅力を知ってもらいながら、福島の土地を少しでも再生しよう」。佐藤さんは原発事故から3年間一部避難区域になった同市都路地区で、耕作放棄地4.7ヘクタールを借用。ススキの放射線量に問題がないことを確認し、1年前に管理を始めた。

 茅は古民家に使うイメージが強いが、佐藤さんによると「新しい活用法が国内外に広がっている」という。デンマークやオランダでは環境保全の観点から、茅を「先端の建築素材」として新築住宅に採用。国内でも美容院などが壁材や家具に取り入れ、柔らかい雰囲気を演出する例がある。佐藤さん自身も美術家として、茅を使ったランプを制作するワークショップなどを通じて魅力を伝えている。

 挑戦2年目に入り、佐藤さんの茅はじわりと需要が広がりつつある。11月には自宅の茅葺き屋根に使うため、約100キロ離れた茨城県大子町の男性(25)が購入の下見に訪れた。男性は「管理された茅場はここが最寄り。状態はすごくいい」と話す。同市指定史跡「石橋遺跡」では、昨年刈り取った茅が住居の屋根葺きに使われた。

 茅場は20ヘクタール以上が事業化の目安とされ、収益はわずかだが、挑戦は始まったばかり。佐藤さんが思い描くのは、持続可能な開発目標(SDGs)などの社会的な追い風を受けて茅が再評価され、多くの耕作放棄地が美しい草原に生まれ変わる風景だ。

 「茅は、価値がないと思われている土地に価値を見いだせる素材。私の手が届く範囲で挑戦を続け、新たな可能性を生み出していきたい」。そう言って前を向く佐藤さん。視線の先で、ススキの草原が爽やかな風に揺れていた。(この連載は斉藤隼人、中島和哉が担当しました)

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 茅を巡る国際的な動き 欧州を中心に環境意識の高まりなどから茅を現代建築に取り入れる事例が増え、2011年には国際茅葺き協会が設立された。英国やオランダ、ドイツなど7カ国で構成され、日本は13年に加盟。2年に1度、国際会議を開催している。「茅葺き」「茅採取」を含む日本の伝統建築技術は20年、国連教育科学文化機関(ユネスコ)の無形文化遺産に登録された。