【焼き肉はマトン】昭和40年代 県南で広がる

 
焼き肉店で注文したマトン。食べてみると羊のうま味が口いっぱいに広がった

 焼き肉といったら、どんな肉を思い浮かべるだろう。多くの人が、牛か豚の肉のような気がする。しかし福島県は広い。実は身近で「焼き肉といえばマトン」と話す人がいる。マトン、つまり生後2年以上の羊の肉。それも個人的な好みではなく、地域的な傾向がありそうなのだ。

安く大量に輸入

 「うちではマトンだった」と言う平田村出身の50代男性は、子どもの頃、家で「きょうは焼き肉」となると、近所の精肉店でスライスしてもらったマトンを買い、ジンギスカン鍋などで焼いて食べたという。すると鮫川村出身の40代男性も「そうそう、今も実家にはジンギスカン鍋がある」とうなずく。

 どうも県南、東白川郡、石川郡辺りが怪しい。半信半疑で訪れた鮫川村の役場で、まず40代後半から50代後半の職員に聞いた。すると「子どもの頃はマトンを食べていた」との証言が続々。早速ビンゴだ。次はプロ、同村の食肉販売業、根本吉郎さん(65)に「焼き肉=マトン」の理由を尋ねた。

 「昭和40年代、海外から安いマトンが大量に輸入され、広く食べられるようになったのでしょう」。なるほど、40~50代が子どもの頃だ。そして鮫川では当時、山仕事などをしていた人たちの「景気づけ」(飲み会)や、家族の祝い事などでマトンが食べられていたという。

 しかし、そのマトン1強状態も崩れて久しい。根本さんは「昭和50年代後半に工場が進出し、工場に勤める人が増えた。同時に、マトン以外の焼き肉を食べる機会も増え、必ずしも『焼き肉はマトン』ではなくなっていったのでは」と推察する。

羊でも今はラム

 棚倉町でもプロに聞いた。「自分が小学生の頃は、店にマトンを置いていた時期もあった」と伊勢喜肉店社長の鈴木清周(きよのり)さん(50)。しかしマトンは、成型肉を約10キロ単位で仕入れるのが一般的で、売り切るのが難しいとのこと。さらに、生後1年未満の羊肉ラムに比べ味に癖があり、好みも人によって分かれる。いまや羊肉といえばラムが大勢だという。

 県南のマトン文化は滅びたのか。「いや、今でも(成型肉をスライスした)丸い形のマトンはあるかと問い合わせはあります」と鈴木さん。癖のある方が食べ応えがあるという人もいるのだ。

 「今でも家族で羊の肉を焼いたりしますよ」と話していた棚倉町の会社員金沢拓哉さん(42)が、自宅で焼き肉をするというのでお邪魔した。金沢さんも、子どもの頃は子ども会などでマトンを食べたそうだ。ただ、今回は入手しやすいラム。それでも口に広がる羊のうま味を味わい、自身の焼き肉のメニューに羊という選択肢を加えた。(横田惇弥)

 事前に情報提供を呼び掛けたところ、二本松市岩代地区出身で東京在住の30代女性からお便りをいただいた。「実家での焼き肉のときは、牛や鶏の中にいつもマトンが並んでいました。マトンだけは、父の付き合いのある精肉店で買っていたもよう。ちょっと違った風味のマトンは大好きでした」。マトン愛は県内各地で育まれたようである。