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福商新校歌「若きこころ」
生誕100年記念
福商新校歌「若きこころ」
福島商業高校新校歌「若きこころ」、昭和32年10月制定(福島商業高校提供)
斎藤 秀隆 (福島東稜高教員)

(35)2009.10.26

母校の繁栄を祈る言葉続く
福商新校歌「若きこころ」
 古関の母校愛は誰よりも強いものでした。その一つの表れとして、母校の校歌、応援歌を多数作曲していたことが挙げられます。1930(昭和5)年の「福商青春歌」に始まり、同年の野球部応援歌「久遠ののぞみに」、年代は不明ですが、「福商剣道部歌」、昭和19年頃ごろの「修錬隊の歌」、そして新校歌「若きこころ」があります。
 1957(昭和32)年10月、筆者が1年生に在籍していた福島商業高校は創立60周年を迎え、新校歌「若きこころ」の発表会が行われました。作詞は福島市出身の野村俊夫、作曲は古関で、悠然とした歌い出しと格調の高さは、福島を熟知した2人の傑作でした。
 「雲白き吾妻の嶺よりなお高く/理想に燃ゆる若きこころ」と、まず吾妻山の威容と志の高さを訴え掛けます。続いて「師の教え守りて/いざ励まむたゆみなく」と刻苦勉励を説き、そして「ああ!光りあり/福島商業高校!」と結び、母校の繁栄を祈る言葉が続きます。
 それまで歌われていた旧校歌にある「集える数百の健男児」は、男女共学校には不似合いであり、戦後復興を成し遂げつつあった当時は、新時代に合った校歌を作る動きが起こり、戦前の校歌は次々と新校歌に変わっていった時期でもありました。
後輩たちに生き方語る
 新校歌の発表会は、古関を迎えて福商体育館で開催されました。48歳の古関は壇上から全校生に気軽に語り掛ける感じで、終始にこやかに、楽しそうに福商時代を回顧しました。
 「皆さんは若くて希望がいっぱいある。私は福商時代、音楽で身を立てたいと願っていた。そして今、希望通り音楽に生きています。君達も何かをやり遂げたいと思ったら、どうすればなれるか、今何をやれば良いかを本気になって考えて、なりたい、なりたいと希望し続けることが大切です」
 このように古関は、校歌や応援歌で数多くの感動を与え、励ますとともに、後輩たちに人間としてのあるべき生き方を語り掛け、彼等の将来にまで計り知れない影響を与えたのでした。
    メ  モ  
 福島高商校歌作成 
 古関は1930(昭和5)年7月、福島高等商業学校(現福島大経済経営学類)校歌「世界の転機に」を作曲し、正式採用されました。古関の福商同級生の春日貞は、「昭和5年に高商同級生の中嶋丈七が川俣町に古関君を尋ねた」と語っています。   

 


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