【まち中華物語】珍満賓館・福島市 夫との店、笑顔で守る

 
ひときわ明るい声と温かな接客で来店客を出迎えてくれる女将の塩野さん(吉田義広撮影)

 書き入れ時の昼過ぎになると、ひっきりなしの来店客で店内はにぎわう。お目当ては空腹を満たす料理と、ひときわ明るい声で接客に回る名物女将(おかみ)との温かな会話だ。「店に来てくれた一人一人が珍満の宝物。ありがたいね」。塩野琴子さん(75)はほほ笑みを絶やすことなく、憩いのひとときを提供している。

 店のルーツは、塩野さんの両親にさかのぼる。都内の中華料理店に勤務していた台湾出身の父の王林騫(おうりんけん)さんと東京・江戸川区出身の母勝子さんが戦時中、会津へ疎開。終戦後の1947(昭和22)年ごろ、知人のつてをたどり、家族で福島市に移り住み中華料理店を開業した。

 半世紀をともに

 塩野さんは21歳の時、母方の親戚を頼って上京した。銀座の中華料理店に勤務していた時、運命の出会いが待っていた。

 簡単に技術を教えない昔かたぎの料理人が多い中、その男性は違った。日々の仕事は手際よく、包丁の持ち方一つとっても品を感じた。「料理を語り出したら止まらない。知識の深さはすごかった」。一本気で誠実な哲央さんにほれ込むのに時間はかからなかった。

 2人は72年に結婚。都内で新婚生活を送っていたある日、塩野さんの弟から相談が寄せられた。70年に亡くなった父の店について「このままつぶすのは忍びない。店を開きたい」との申し出だった。弟の呼びかけを快諾し、改装を終えた74年に「珍満」を再出発させた。

 哲央さんが料理長を務め、四川、上海、北京、広東の中国四大料理を幅広く手がける。店名の「珍満」は「貴重でおいしい料理がたくさんある」との思いを込めた。

 当時から続くメニューに「サービスセット」がある。「肉と野菜の五目うま煮」「えびのチリソース煮」「肉と野菜の辛子炒め」などの主菜6品に、ライスやスープ、ラーメンの組み合わせから好みの料理を選べる。「最初はいろいろなメニューを楽しんでもらおうという軽い気持ちだった」と塩野さん。中華料理の定番に、哲央さんのアレンジを加えた品は店の看板メニューになり、半世紀近くにわたって変わらぬ味を提供している。

 従業員と客、支え

 店の評判の高まりとともに客足は伸び、92年には現在地に店を新築。塩野さん夫婦と母、弟の家族4人で再開した店は現在15人ほどで営むまでに成長した。そんな順風満帆な日々を突如悲劇が襲った。2022年7月4日、哲央さんが病気のため帰らぬ人となった。享年74歳。くしくも結婚50周年を迎える同年10月まで、あと3カ月を残しての離別だった。

 二人三脚で歩んだ最愛の夫との別れ―。塩野さんは「一人になったようで心細かった」と当時の心境を吐露する。しかし、心の支えになったのはいつもと変わらぬ店の光景だった。

 主人の思いを受け継ごうと奮闘する従業員から勇気、足しげく通ってくれる来店客からは愛情を受け取った。塩野さんは心からの感謝と、店を守る決意を一層強めた。

 「生きて甲斐(かい)ある人生。死して悔いなき一生」―。塩野さんが胸に刻む言葉だ。来店した全ての客と一度は会話を交わし、退店する際には声かけを心がける。「謝謝(シェーシェー)、明天見(ミンテージャン)(ありがとう、またね)」。亡き伴侶と歩んだ店で、きょうも明るく気丈な女将の声が変わらず響いている。(小野原裕一)

お店データ

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【住所】福島市北町2の1

【電話】024・522・4379

【営業時間】平日ランチ=午前11時~午後2時半
ディナー=午後4時半~同8時半(日曜、祝日は午後8時まで)

【定休日】毎月第3火曜日

【主なメニュー】
▽五目チャーハン=780円
▽えびチャーハン=890円
▽海鮮あんかけチャーハン=1200円
▽ピーマンと牛肉の細切り炒め(中皿)=1980円
▽白身魚の甘酢ソース(同)=1980円
▽モンゴイカの塩味炒め(同)=2300円
▽えびの秘伝ニンニク甘辛ソース(同)=2300円

◆サービスセット

▽肉と野菜の五目うま煮、ライス、スープセット=890円
▽えびのチリソース煮、ライス、スープセット=890円
▽豚ロースのカレー粉揚げ、野菜炒め、ライス、スープセット=920円

【女将メモ】「1年365日を店で過ごす」と自覚するほどの仕事の虫だ。営業日は必ず接客に立ち、毎月1日設ける定休日にも顔を出す。「店を子どもにした。歩みとともに私がある」と深い愛情を注ぎ続ける。

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開店当時から続く人気メニュー「肉と野菜の五目うま煮サービスセット」

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 NHKラジオ第1「こでらんに5 next」で毎週木曜に連携企画

 まち中華物語は福島民友新聞社とNHK福島放送局の連携企画です。NHKラジオ第1で毎週木曜日に放送される『こでらんに5 next』(休止の場合あり)のコーナー「ふくしま見聞録」で紹介される予定です。