ボリューム満点

　午前１１時を回ると、住宅街にぽつんとたたずむ創業５７年のやきかつの店に多くの人が吸い込まれていく。ボリューム満点の定食を求め、住宅街にありながらも足を運ぶ客が途切れることはない。３０種類以上ある豊富な定食は、どこか懐かしさを感じさせる家庭的な味わいで、看板メニューのやきかつは創業当時から変わらない。定食のご飯と、付け合わせのキャベツは大盛りで、みそ汁はおかわりが自由だ。店主の二宮正行さん（７９）は「本当は無料でもいいんだよ。足を運んでくれるみんなに、とにかくおなかいっぱいに食べてほしい」と目尻を緩ませた。

　一般的なとんかつが油で揚げるのに対して、やきかつは衣を付けた豚肉を少量の油で香ばしく焼くのが特徴だ。とんかつに比べて肉はふわっとやわらかく、さっぱりとしている。店は正行さんと妻政子さん（７７）、そして２人の娘の計４人で切り盛りする。「時々孫たちも店を手伝いにやってくる。みんな本当にいい子で、家族でできることは幸せ」と政子さん。二宮さん夫妻の気さくな人柄から、一度行っただけで家族の一員になったように感じる、まさにアットホームな店だ。

　二宮さんは山形県米沢市出身で、高校卒業後に料理人を目指して上京。東京・台東区にあるやきかつ店「元祖やきかつ桃タロー」で修業した。兄弟子は１０人ほどいた。一から料理を勉強する中で常に心にあったのは「どんな仕事でも努力を忘れてはいけない」という父の言葉だった。「兄弟子に負けたくないと、人の３倍働いた」。約５年間修業した後に独立。弟と共に東京・大田区に「やきかつ太郎」をオープンさせた。

　店を構えたのは、これまで飲食店が短期間に何度も閉店するような場所だったという。「またどうせすぐにつぶれるだろう」。そんなうわさも出回った。心が折れそうなときも続けたのは明るくあいさつをすることだった。「人間は心で付き合えばいいんだと思った。人には優しく、お金ではないということを教わった」と当時の経験が今でも生きる。地域の人との交流を大切にして店を守った。

　その後、政子さんと結婚した。政子さんが富岡町出身だったことと、山形県にいる二宮さんの父が体調を崩したことをきっかけにいわき市に店を移した。現在の場所になったのは２００３年。二宮さんは「今は住宅街に飲食店がぽつんと一軒だけ。近所の人たちには感謝しかない」と話す。

　学生に愛されて

　店の近くには医療創生大があり、大学名が変わる前のいわき明星大時代から多くの学生が通う。卒業後も学生時代の思い出の味を楽しみに全国から訪れる人もいる。政子さんは「何十年ぶりに来たと言うお客さんは多い。就職して福島を離れてからも来てくれることは本当にうれしい」と笑顔を見せる。

　二宮さんは「やっぱり大切なのは人間性。奉仕の気持ちがなければここまで続けられなかった。付いてきてくれたお客さんを信じて突き進んでいきたい」と語る。創業当時から変わらない伝統の味は、今日も訪れる人たちの心を引きつけて離さない。（副島湧人）

住宅街にぽつんとたたずむ「やきかつ太郎」

【住所】いわき市郷ケ丘１の１５の８

【電話】０２４６・２９・０７７０

【営業時間】
午前１１時～午後２時
午後５時～同８時

【定休日】木曜日

【主なメニュー】
▽やきかつ（並）定食＝８５０円
▽やきかつ（上）定食＝９３０円
▽ロースやきかつ定食＝１０５０円
▽ヒレやきかつ定食＝１１５０円
▽ジャンボやきかつ定食＝１６００円
▽一口かつ定食＝９５０円
▽メンチかつ定食＝９００円
▽串かつ定食＝９００円
▽コロッケ定食＝８００円
▽アジフライ定食＝８８０円
▽ミックスフライ定食＝１０００円
▽とりから揚げ定食＝９５０円
▽ポークソテー定食＝１０５０円
▽ハンバーグ定食＝９００円
▽しょうが焼き定食＝９８０円
※５月から一部メニューで価格変更

一番人気のロースやきかつ定食。ボリューム満点の豊富な定食メニューが多くの人たちから愛されている

　いわきＦＣを応援

　店内にはサッカーのいわきＦＣがＪＦＬやＪ３で優勝した時の号外や選手のサインが書かれた色紙がずらり。二宮さん夫妻は、選手が来店したことや、孫がサッカーをやっていることがきっかけでいわき市に本拠地を置くいわきＦＣを応援するようになった。ホームゲームの試合終了後にはサポーターも訪れるという。二宮さんは「活躍が力になる。サッカーを通していわき市を盛り上げてもらいたい」と期待を込める。

　　　　　　　　　　◇

　ＮＨＫラジオ第１「ふくどん！」で毎週木曜に連携企画

　まち食堂物語は福島民友新聞社とＮＨＫ福島放送局の連携企画です。ＮＨＫラジオ第１で毎週木曜日に放送される『ふくどん！』（休止の場合あり）のコーナー「どんどんめし」で紹介される予定です。