三角屋根が目印

　一見すると食堂とは思えないほどかわいらしく、赤い三角屋根がひときわ目を引く「お食事処（どころ）末広」は、いわき市の南部、企業や工場が立ち並ぶ地域の一角にひっそりとたたずむ。経営するのは車で３０分ほど離れた茨城県北茨城市に住む林強さん（６１）と妻里子さん（６２）、一人娘のさつきさん（３９）の親子。開業以来約２０年間、多くの常連客に家庭的な雰囲気で食事を提供している。

　林さん親子は２００５年、喫茶店だった建物を間借りし、営業を始めた。店名の「末広」は里子さんが以前勤務していた遊戯施設に入っていた食堂から取ったが「店が"末広がり"に伸びていけるように」との思いが込められている。主に店を切り盛りする里子さんは食堂を始める際、天ぷらの揚げ方やそばの湯がき方、かき揚げの作り方などを一から学んだ。今はその経験を少しずつさつきさんに伝えている段階だ。

　店の一番人気はピリ辛のモツ炒めを使った「スタミナ定食」だ。レバニラ定食やニンニク焼き定食、カツ丼などもよく出るといい、どれもボリューム、味ともに申し分なく、常連客が多いのもうなずける。里子さんは「ウチは昭和の味でやっているから」と笑う。ほとんどのメニューは開業当時からほぼ変わらない値段で提供している。「常連さんの顔を思い浮かべると、値上げするのが申し訳なくて」と里子さん。昨今の物価の高騰などを受け「もう少し値上げしてもいいんじゃない」と常連客に言われることもあるが、メニューを減らしてコストを下げるなど、工夫を凝らしやりくりしている。

　唯一の男手の強さんは送迎の仕事を持っているが、昼食時の忙しい時間帯には店を手伝うなど、店を陰から支えている。以前は送迎の仕事を終日行っていたため、店に出ることができなかった。「今は手伝ってもらえるからとても助かっている」と里子さんが本音を教えてくれた。まさに縁の下の力持ちだ。

　一言がうれしい

　常連客との何げない会話でつながりを大切にしている。里子さんは「『おいしかったよ』という一言だけで涙が出るほどうれしい」とうなずく。「『お母さん』と呼ばれることもある」というほど客との距離は近く、家族のような存在だ。

　里子さんは「何歳まで店を続けられるか分からないけど、仕事があることに幸せを感じる。この仕事は定年がないから、いくつになってもできるのが魅力」と語る。時には、のれんを出す前に客が来てしまうこともあるが「こんな小さな店に来てくれて感謝の気持ちしかない」と、開店前にもかかわらず客を受け入れる。

　店はこれまで東日本大震災や、その１カ月後にいわき市を襲った震度６弱の地震、そして新型コロナウイルス流行の影響により何度も経営存続のピンチに直面してきた。それでも常連客が具材を調達してくれるなどの協力もあり、営業を続けることができた。「再びコロナ禍のような事態になっても、常連客との強い絆できっと乗り越えてみせる」。そんな決意を親子の働きぶりから感じ取ることができた。（吉村響）

【住所】いわき市錦町沼ノ川５２

【電話】０２４６・６３・３００３

【営業時間】午前１１時～午後２時

【定休日】日曜、祝日

【主なメニュー】
▽スタミナ定食＝８５０円（単品７００円）
▽レバニラ定食＝９５０円（単品８００円）
▽ニンニク焼き定食＝９８０円（単品８００円）
▽アジフライ定食＝７５０円（単品６００円）
▽カツ丼＝９００円
▽肉玉丼＝７５０円
▽玉子丼＝６５０円
▽チャーハン＝６００円
▽ガーリックチャーハン＝７００円
▽カレーライス＝７００円
▽カツカレーライス＝９８０円
▽油ラーメン＝６００円
▽塩ラーメン＝６５０円
▽タンメン＝７５０円
▽激辛味噌ラーメン＝１０００円
▽ざるラーメン（季節限定）＝７５０円
▽冷やし中華（季節限定）＝９００円

ピリ辛のモツを使った一番人気のスタミナ定食（手前）をはじめ、激辛味噌ラーメン、レバニラ定食など豊富なメニューで客の胃袋をつかむ（写真のレバニラは単品）

　温かい支えに感謝

　主に接客することが多いさつきさんは、常連客の顔を見ただけで注文の品が分かることも多いという。中学２年の娘と同１年の息子がいるが、子どもたちが幼い頃、風邪で保育園を休み、それでも店を休むわけにはいかず、おんぶをしながら店に出ていた。その姿を見かねた常連客の一人が、子どもの世話を買って出てくれたこともあった。さつきさんは「あの時の感謝は一言では言い尽くせない」と振り返った。

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　ＮＨＫラジオ第１「ふくどん！」で毎週木曜に連携企画

　まち食堂物語は福島民友新聞社とＮＨＫ福島放送局の連携企画です。ＮＨＫラジオ第１で毎週木曜日に放送される『ふくどん！』（休止の場合あり）のコーナー「どんどんめし」で紹介される予定です。