畜産・酪農農家に希望 和牛の受精卵を乳牛に移植、仙台市

 
受精卵移植を手掛け、畜産・酪農業の利益向上に努めるノースブルの菅原さん(右から2人目)ら=1月、仙台市青葉区

 仙台市青葉区の「ノースブル」は、和牛の受精卵を乳牛に移植して代理出産させる「受精卵移植」で、全国トップクラスの実績を誇る。日本の畜産・酪農を守るという志と高い技術力を持ち、取引先から信頼されている

 菅原紀社長(43)は宮城県涌谷町の畜産農家の長男に生まれた。後継者となるべく酪農学園大(北海道江別市)で学ぶうちに、休日も十分取れない割に収入が上がらない畜産・酪農業の課題が見えてきた。卒業後は研究施設などで受精卵移植技術の腕を磨いていたが「技術者として、畜産・酪農農家が希望を持てるようにしたい」と、2011年8月に会社を設立した。

 ノースブルは畜産農家から受精卵を買い取って体外受精させ、酪農家が育てる乳牛に移植する。生まれてくる牛は乳牛の2倍ほどの価格で取引される和牛として市場に出る。畜産農家と酪農家の両方が、新たな設備投資を必要とせず利益を上げられる。

 東北を中心に約150軒の顧客がある。同社が受精卵移植を手掛けた農家からは「初めて海外旅行に行くことができた」「スタッフにボーナスを出せた」と喜びの声が届いているという。

 15年の農林水産省の統計で、ノースブルの牛の受精卵移植頭数は東北1位、全国でも4位になった。その後も取り扱い頭数を着実に伸ばしており、全国トップクラスの実績を維持している。

顕微鏡を見て受精卵の状態を確認する片江さん

 ※顕微鏡を見て、受精卵の状態を確認する片江さん

 スタッフは11人で、若手が多い。繁殖に必要な有資格者が、それぞれ専門を生かしチームとなって事業に取り組んでいる。

 和牛から受精卵を取り出す獣医師の渡部一星さん(26)は入社1年目。「採卵を手掛けられる獣医師は多くなく、技術を持つこと自体が会社と自分の付加価値につながっている。今後も技術を高めながら、顧客からの信頼を得たい」と抱負を語る。

 獣医師から受け取った受精卵の品質判定や凍結処理、体外受精を行う培養士の片江篤子さん(29)は「事業は顧客の利益に直結する。最高のパフォーマンスが発揮できるよう心掛けている」と話す。入社1期生でもある片江さんは「会社が今後、大きくなっていくのを見てみたい」と笑顔を見せる。

 今年4月には鹿児島県に初めての支店を出す予定だ。鹿児島県の肉用牛の飼育頭数(21年2月現在)は約35万頭で、北海道に次ぎ全国2位。和牛の一大生産地で事業拡大を図り、収益のさらなる向上を狙う。

 菅原社長の大学の後輩という縁で入社した同県出水市出身の移植師前田恭希さん(24)が現地の責任者となる。実家が畜産農家で「鹿児島の農家と交流を深め、やれることを少しずつでも増やしながら、顧客開拓に努めたい」と意気込んでいる。(河北新報メディアセンター・村上穣司)

 「技術維持には長く働ける環境大切」 ノースブル社長・菅原紀さん

 牛の受精卵移植に取り組む菅原社長に、事業を始めるきっかけや今後の展望を聞いた。

「努力が報われる産業にしたい」と話す菅原さん

 ―どうしてこの事業に取り組もうと思ったのか。
 「大学で畜産を学び、大変に厳しい業界だと分かった。和牛農家は過去20年で約70%が離農している。休みが取れない、利幅が少ない、後継者がいないなど古くからある課題に危機感を抱き、畜産・酪農農家が希望を持てるようにしたいと思った。『家業は自分が継ぐ』と後押ししてくれた弟には感謝したい」

 ―技術者の育成に力を入れている。
 「受精卵移植は20年前からある技術だが、移植によって生まれてくる和牛の数はそれほど増えていない。なぜなら現状は獣医師らが個人で行っているケースがほとんどで、成功率にばらつきがあるからだ。獣医師や培養士、移植師が専門を生かして作業を分担して行えば成功率も上がり、やるべき課題も見えてくる」

 ―そのためのバックアップにも努めている。
 「採卵の経験を積むため、牛の子宮頸(けい)管の模型をシリコンで造った。難しい技術だが模型で練習すれば、技術者の育成につながるだけでなく、牛の負担軽減にもなる。模型の製造は昨年12月に特許出願した」

 「牛の受精卵移植を学ぶ研修センターの建設も計画している。技術は自社内だけにとどめるつもりはない。センターは獣医師らの再教育の場になるし、訪れた子どもたちが業界に興味を持ってくれたらうれしい」

 ―1月から受精卵の全国販売も始めた。
 「酪農支援などに取り組んでいる東京の商社と連携した。商社が持つ業界のネットワークに受精卵を売り込むことができ、販路拡大が見込める。4月には鹿児島県に新たな拠点も設ける予定なので、今年は事業拡大の1年になるだろう」

 ―職場づくりで心掛けていることは。
 「『自分ならこんな会社に入りたい』という理想に向けて励んでいる。高い技術を維持するには長期間働ける環境が大切。例を挙げれば、女性が働きやすく復職もしやすい職場づくりを目指している。得た知見を国際学会で発表する機会も設けている。今後も、この業界が魅力的な産業となるようにみんなで力を合わせていきたい」

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